やめろ
「正確に言うと、殺されたんだよ」私は続ける。
「さっきも話したけど。
父がカホに手をあげて、一週間ぐらいしてからね」
「そうだったんですか」
後輩がしぼりだすように相槌をうつ。
「てっきりさ、殺したと思ったんだ」
「え?」
アルコールのせいで、言葉がチグハグになってしまう。
私は言い直した。
「だから、カホがあの人を殺したと思ったの」
「……なんでですか?」
後輩の声が低くなった気がした。
私は構わずに言葉を続ける。
「いや、単なる勘。だって、ありそうな話じゃない?
暴力ふるわれた女が、それをきっかけに男を殺そうとするって。
ありそうじゃん、サスペンスとかで」
「でも、その人は先輩のお父さんを殺してないんでしょ?」
「おそらくね」と私はためいきをつく。
「父が殺された時間帯、あの女には完アリバイがあったみたい」
そう。私の予想は外れた。
捜査の結果では、カホには完全なアリバイがあったらしい。
「犯人は捕まったんですか?」
「全然。いまだに捜査中だね。 もう半年近く前の話なんだよね」
「本当に警察ってば捜査してんのかな」と私が言うと、後輩は苦笑いした。
「犯人、早く見つかるといいですね……」
「そうだね」
私の返事は自分でも笑ってしまうほどにぞんざいだった。
「きみも気をつけて。世の中本当に物騒なんだから」
「そうっすね。オレも全身殴打で死亡とかいやですからね」
「はは、それは私もだよ」
違和感が脳のどこかで引っかかる。
でも流し込んだアルコールのせいで、
その違和感は、あっという間に喉のおくに消え失せた。
「とりあえず、店出ましょうか」
後輩に会計をまかせて、私は店を出た。
遅れて後輩も出てくる。
夜風が肌を突き刺してくると、不意に不安が頭をもたげた。
「今日はありがとね。私の話、聞いてくれて」
「いや、少しでも先輩の力になれたならよかったですよ」
鼻のおくがツンとした。
アルコールのせいなのか、私は情緒不安定になっているのかもしれない。
「ここんとこさ、私の生活めちゃくちゃでね」
「……先輩」
気づくと視界が滲んで、目の前の後輩の輪郭さえ曖昧になっていた。
「もう、どうしたらいいのかわかんないよ……」
知らず知らずのうちにあふれてきた涙は、なかなか止まりそうになかった。
そんな私の手を、後輩は両手で包んでくれた。
「大丈夫ですよ、先輩」
後輩の手は暖かかった。
私は彼を見あげた。
後輩はさわやかに私にむかって笑ってみせると、
「先輩、大丈夫ですよ。俺がついてますよ」
その言葉がどういう意味なのかを聞き返そうとする前に、後輩の手が離れた。
彼は照れくさそうに笑っていた。
「じゃあまた今度会いましょう」
「……うん」
後輩とわかれて帰途につく。
私は彼が握ってくれた手に自分の手を重ねた。
彼の体温が逃げないように。
家に帰ると、カホがいつもどおりに私をむかえた。
父が死んでからもその笑顔は相変わらずだった。
「おかえり。今日は遅かったんだね」
「うん、まあね」
「なんだか気分よさそうだね。いいことでもあった?」
「べつに」
「この前、結婚について少し触れたけど、まだ細かいことは話してないでしょ」
そういえば、父が死んでからもうすぐ半年、つまり六ヶ月が経過しようとしていた。
「今度、私のその結婚相手の人に家に来てもらおうと思うの」
「そう、どうぞ勝手に」
この女のことなど、どうでもよかった。
玄関に腰かけブーツを脱ぐ。
足はすっかりむくんでしまっていたが、気分は悪くはなかった。
「それで結婚相手の人なんだけどね」
――って言うの。
「……え?」
私は反射的に背後にいるカホを振り返っていた。
カホの右手の薬指には、指輪が光っていた。
その手は彼女の腹部に置かれていた。
「今なんて言った?」
「だから、結婚する人の名前なんだけど」
カホがもう一度結婚相手の名前を言う、とても嬉しそうに。
カホが言った結婚相手の名前。
それは、私がさっきまで一緒に飲んでいた後輩のものだった。
ここまで付き合ってくれてありがとう。
こうしてキーボードを打つことでだいぶ冷静になってきた。
だけどもうなにも考えたくない。
考えたくないの。
明日も早いしもう寝るね、おやすみ。
とにかく乙
予想外だった
久々にゾッとできたわ
読み終わった俺が一言
色んな意味で恐い