「なんで最近、いやがらせしてくれないんですか?」
青空は腕の力を緩めると、そのまま
腕を下げて、僕の胸の辺りで交差させます
「どうして体のっとってくれないんですか?
どうしてひとりになりたがってる私を
くもりぞらさんは野放しにしておくんですか?」
青空の人差し指が僕の胸をとんとん叩きます
「ちょっとさみしいじゃないですか。
さみしいのが、私は好きなんですよ。
だからそれを阻止してくださいよ。
そういうのがくもりぞらさんの役目でしょう?
青空の人差し指の動きが止まります
「それに私は、死期が近いからって慌てずに、
いつも通り過ごして死にたいと思ってるんです。
だから、それさえも邪魔してくださいよ。
なんで言わないとわからないんですか?」
青空の両手首を僕が両手でつかむと
「あ、動いた」と青空は嬉しそうに言います
酔っ払いの言うことは、話半分に聞くのが正解です
ですが、青空は「気にしないで」いてほしいらしく
そうなると僕としては、気にせざるを得ないのです
そういうのが、僕の役目らしいですから
僕は青空の手を離して、振り返って青空と向かい合い、
まず、いま喋れないのだということを説明しようと思い、
自身の口を指差した後、両人差し指で「×」を作りました
すると、青空は何を勘違いしたのか
「だめって言われるとしたくなります」と言って
僕が指差したところに自分の唇を重ねてきました
その後、僕は苦労して携帯に文章を打ち込んで
さきほどあったことを説明したのですが
青空は「はい」「はい」と半目で頷き続けた挙句
人のベッドですうすう寝息を立てて寝てしまいました
青空の寝息を聞いているとこちらも眠くなってきたので、
寝ている青空の頭をくしゃくしゃやった後、ソファで眠りました
目を覚ますと、体が大分楽になっていました
僕は早口言葉をためします
「とてちてた、とてちて、とてちて、とてちてた 」
どうやらきちんと喋れるまで回復したようです
冷蔵庫からきんきんに冷えたビール缶を取り出し
へそをだして寝ている青空の頬に当てます
「つめたい」と言って青空は目を覚まします
僕は言います、「いつまで人のベッドで寝てる?」
「くもりぞらさんが喋ったー」と青空は喜びます
ビールを飲みながら「そろそろ帰れ」と言うと、
青空は眠たげな目で「いやです」と言い、
その後時計を見て「うわあ」と驚いていました
青空はベッドの上に三角座りして、
それからしばらく黙り込みました
現状について思いを巡らしているようでした
青空はベッドの上に正座して言います
「あの……さっきはべたべたしてすみません」
「おお、ちゃんと覚えてるんだな」
「あ、そっか。忘れてることにしとけばよかった」
青空は正座したまま横に倒れます
「くもりぞらさん、私もお酒欲しいです」
「そろそろ帰れ。時間が時間だ」
「時間が時間で時間ですね」
青空はそう言って一人で笑います
「しかし参ったな」と僕は言います
「お前が嫌がらせされるのが好きとなると、
嫌がらせをしないことによる嫌がらせさえも
結果的に嫌がらせになってしまって、
最終的には喜ばせてしまうことになる」
「難しいことは考えずに、普通に
いやがらせしてくれればいいんです」
「なるほど」と僕は言い、ベッドの青空の
膝の下と首の後ろに手を差し入れ
ひょいと持ち上げて玄関まで運びました
その軽さに、僕はちょっと驚きます
そのままドアを開けて外に出ると
「もういいですよ」と青空が言います
だからどうしたという感じです
僕はそのまま歩きつづけます
青空は僕を見上げて言います
「はいはい、そういう嫌がらせですか」
「屈辱的な仕打ちというやつだ」
「私の足の状態に気づいてたんですか?」
「さあな」
「くもりぞらさんは発声器官ですけど、
私は足の方をやられたんですよね」
「というわけは、抵抗したんだな?」
「ええ。だって私、殺されるなら、
くもりぞらさんにって決めてますし」
「次に俺が何を言うか分かるだろう?」
「『じゃあ殺してやらない』、ですよね。
だったらせめて、私はくもりぞらさんより先に、
ここからいなくなりたいなあ」
「そうか。じゃあ俺は、俺より先にお前を死なせない」
「じゃあ私は、私より先にくもりぞらさんを死なせない」
そういうやり取りを交わした後で、
僕はちょっと恥ずかしくなってきます
これじゃあまるで永遠を誓い合ってるみたいじゃないか
もちろん、物事はそんなに
思い通りにいくものではありません
それが気休めに過ぎないことは
お互いにわかっているし、経験上、
死ぬということがそんなに優しくて
綺麗なものではないことを知っています
青空たんカワユスww
是非完結させてもらおうではないか
翌日、青空をいつもの公園に呼び出そうとした僕は
人の体をのっとる力を失ったことに気付きました
ですが、結局青空は公園に来ました
「どうせ呼ばれるだろうと思ったから、
こっちから来てやったんです」
青空はしたり顔でそう言います
僕は「やるじゃないか」と言って
青空の頭を撫でてやりました
青空は頭を両手で押さえて
「子供扱いしないでください」とむくれます
「お前はいつも通り過ごして死にたいらしいな」
「だって、せっかく死ぬ覚悟が固まってても、
ふとした拍子に幸せな思いをしちゃったら、
苦労して固めた覚悟が崩れちゃいますからね。
ただでさえ、命が薄らいできたせいか、
異様に感動しやすくなっちゃってるんです。
気をつけないとすぐ幸せになっちゃいますよ。
感傷的になるなのは避けたいんです」
そこで僕は、センチメンタル・ジャーニーを提案します
どうにかして青空を感傷的にしてやろうというわけです
青空は窓からの風を心地よさそうに浴びて
小さな声で何かを歌っていました
こっちには聞こえていないと思っているのでしょう
「ままー じゃすきーらめーん」
それは僕もよく知っている曲でした
運転席でハンドルを握る僕は
一緒に唄おうとしたのですが
やっぱりやめておくことにしました
青空の声をきいていたいと思ったのです
趣味が酒と音楽だけというだけあって
さすがに歌い方というのを心得ていました
選曲も中々状況にマッチしています
屋台でホットドッグとクレープを注文し
ベンチに並んで座ってそれらを食べます
ひどく古いコカコーラの赤いベンチで
塗装は半分以上剥げてしまっています
青空はサンダルを脱いで横向きに座り
素足を僕の膝の上に乗っけてきます
「ずっと思ってたんですけど、
私、くもりぞらさんについて、
ほとんど何も知らないんですよね」
「たとえば、私は音楽が好きです。
それはくもりぞらさんも知ってるでしょう?」
「ああ。見た。悪くない趣味だと思う」
「くもりぞらさんに褒められた!」
「こういう問題に関してはフェアなんだ、俺は」
「……ええと、それで、くもりぞらさんは、
何か好きなこととかあるんですか?」
「それは、うんと好きなもののことか?
それとも、ただ好きなもののことか?」
「うんと好きなもの」青空は僕の発言の
意図が分かったらしく、にんまり笑います
「俺は、ゆっくり回転する物が好きだ」
「……うーん、説明を求めます」
「メリーゴーランドとか、観覧車とか、
オルゴールとか、時計とか、ひまわりとか」
「地球とか、月とか、太陽とか?」
「ああ。そうだな。天体も好きだ」
「私と、どっちが好きですか?」
「……ん?」
「ゆっくり回転する物と私」
「前者だな」
「……じゃあ、ゆっくり回転する私」
青空は立ち上がり、ゆっくり回りはじめます
僕はゆっくり回転する物が好きなので
ベンチから身を乗り出して青空を捕まえ、
再びベンチに座り、膝の上に青空をおいて
後ろから両手をまわして確保します
ゆっくり回転する物が好きなわけであって
青空と密着していると異様なほど安心することに
最近気づいたというわけではありません
「こんなに効果あると思いませんでした……」
青空はちょっと動揺した様子です
自販機で買ったポカリスエットを
保冷剤代わりにして体を冷やしながら
僕と青空は駐車場に戻りました
晴れ渡った空の向こうには、積乱雲が見えました
街路樹に蝉がとまって鳴いています
この蝉も僕たちも、余命は同じくらいでしょう
どこかの家から線香の匂いが漂ってきます
よく日焼けした子供たちが、釣竿を持って
駆け抜けていき、それに合わせて風鈴が揺れます
「このまま逃げちゃいましょうか」
「どこに行けば、あの得体のしれない
超能力から逃れられるっていうんだ?」
「わかんないけど、地球の反対側とかなら、
ちょっと難しそうじゃないですか?」
「それで、その後、どうするんだ?」
「小川が流れてたりするとこなんかに住むんです。
……そうでなきゃ、銀行強盗でもして歩きます?」
「で、八十七発の弾丸を受けて死ぬのか?」
「そうです。ボニー&クライドするんです」
「どっちも、あんまり現実的じゃあないな」
「知ってますよ。冗談です」
いいゆめみれるや!
また待ってます!
あおぞらかわいいなおい
また明日!
ほしゅ
これは集団ストーカーの自殺誘導
ですね。実行者の狂気を感じます。
地獄に墜ちるでしょう。
意味不明w
間違えた
こういう終わらせ方もありなんだと思いましたね。最後の言葉を予想して楽しめる、ひと粒で二度美味しいお話。
最高に面白かったっす
鳥肌が立ちました