当てもなく車を走らせました
途中で寄ったCDショップで青空が買った
「ラバーソウル」がカーステレオから流れています
山道に入ると、急カーブが多くなり、
貧弱な青空は左カーブに入るたびに
「わー」と運転席に倒れ込んできます
いつの間にかベルトを外しているのです
一度は間違えて、右カーブなのに
運転席方向に倒れてきました
「さて」と青空が切り出します
「いまから、身勝手な話をします」
「私、これまでに、八人殺したじゃないですか。
そのことを後悔してはいるんです。
今思うと、あの人たちが具体的に
どんな悪さをしたのか私は知らないし、
仮に悪い人たちだったとしても、
私個人は全く恨みもなかったんです。
なんであんなことしちゃったんでしょう?
あの中にくもりぞらさんがいたとしても、
当時の私だったら殺しちゃったと思います。
そう考えると、やっぱりとんでもないことを
やらかしちゃったんでしょうね、私は。
……でもですね、九人目でやめて以降、
私の身に起きた一連の出来事については、
ひそかに、気に入ってさえいるんです。
それと引き換えにこれから起こる、
さみしい事態も考慮した上で、ですよ」
「そのことについてなんだが――」
僕は以前思いついた仮説を青空に話します
「なるほど」と青空は言います
「確かに私も、疑問には思ってたんですよ。
そもそもどうして、標的に関する情報が
自動的に頭に浮かんでくるのか」
「他にどうとでも利用できそうなその能力を、
標的の殺害だけに注ぎ込もうとしてしまうのか」
「そうそう。今考えると、妙ですよね」
「でも」青空はきっぱり言います、
「証拠はどこにもないんでしょう?
私たちを操ってる人がいるっていう」
「そうだけどな、そんなこと言い出たら、
極端な話、俺たちの他殺にも証拠なんてない。
俺たちは自殺させたと思い込んでるだけで、
実際は、彼らがきちんと彼らの意志で
そうしていたのかもしれないんだ」
「そして何より」と僕は言います、
「どんな理由であれ、青空が自分の意志で
人を殺したりするとは思えないんだ」
「八人殺しました」と青空は言います
「ナイフは人を殺さない。ナイフで人を殺すんだ。
どっかの誰かが、青空で人を殺したのさ」
「都合よく考えようぜ」と僕は続けます、
「俺たちはおそらく、人を殺したっていうことから
気を逸らそうとするあまり、逆に必要以上に
責任を負おうとしてしまっていた部分がある。
だが、特にならない殺人をする理由がどこにあった?
いくらでも自分に利益をもたらせられるはずの
この能力を、どうして活用しようとしなかった?
おそらくこの能力には制限がかかっていたんだ。
俺たちが向こうの意にそぐわない行動をしないように」
「うーん、もしそうだとしたら、嬉しいんですけど」
青空はうつむいて、少し間を置きます
「でも、なんにせよ私は、だめですよ。
八人殺したおかげでくもりぞらさんに会えた、
あーよかったって考えてるようなやつですから」
「違う、八人で止めたから俺と会えたんだ」
青空は困ったような笑顔を浮かべます
「確かに、決してないとは言い切れない話です。
ですが、それでも犯人が確定するまでは、
ひとまず私がその責任を負うべきだと思うんですよ」
「素晴らしい心がけだな。犯人が分かるまでは
ひとまず殺されておこうってわけか?」
「だって、しかたないじゃないですか」
「ひだり」と青空が突然言います
言われなくても僕だって気付いています
車を停めて、外に出ます
視界の上半分が青い空と白い雲なのに対し、
下半分は黄色と緑で埋め尽くされています
大きな白い風車が、いくつか回っています
「ひまわりもあるし、風車も回ってるし、
とってもくもりぞらさん的空間ですね」
青空が僕の隣で言います
こんな光景を、昔見たことがあるような気がしました
制服の女の子とスーツの男
妙にちぐはぐな印象を与える二人が
並んでひまわり畑を見下ろしているのです
もちろん実際はそんなものを見たことはなく
たぶん単純に、その光景があまりにも
僕の好みに適合していただけなのでしょう
青空は指折り数えます
「んーと、メリーゴーランド、観覧車、
オルゴール、時計、ひまわり、天体」
そして、「ですよね?」という目をこちらに向けます
「そうだ」と僕はうなずきます
「それと、ゆっくり回転する私」
「ああ。別に回転しなくてもいいけどな」
青空は僕の目を見たまま固まります
「おー……不意打ちですね」
「こういうのは逆に困るだろう?」
「困ってます。照れてます」
まわんなくてよかったのかー、と青空はひとりごちます
「ひまわりは達成したので、次にいきましょう」
「全部回る気なのか?」と僕は訊きます
「そうです。ゆっくり回るものを、
ひとつずつ、ゆっくり回りましょう」
それは確かに、理想的な過ごし方でした
「お前はそれでいいのか?」と僕はたずねます
「それがいいんですよ。好きなものばかり見て、
くもりぞらさんは生に執着しちゃえばいいんです。
死ぬのいやだーって私に泣き付けばいいんです」
「なるほどな」
からかうように、青空が軽く体当たりしてきます
「何だか、くもりぞらさんらしくないですね。
決定権は、いつでもあなたにあるんですよ?
したいと思ったことをすればいいじゃないですか」
「いや。もう俺も、あのうさんくさい力は失ったんだ。
もう青空を操ることはできない。良かったな」
「そんなこと問題になりませんよ、私、
あなたの言いなりになるの、癖になっちゃってますから」
「そうか」僕は納得します、「まわれ」
青空はその場でくるくる回りはじめます
二時間ほどで、青空の言うデパートに到着します
屋上遊園地などという時代錯誤的なものが
未だ存在していたことに驚きました
外装も城みたいで、大時代的です
「未だっていうか、新しく出来たんですけどね。
時代錯誤がむしろ格好良いみたいな
最近の風潮に合わせて作られたらしいです」
ここにはくもりぞらさんの好きなものが
いっぱいあるんです、と青空は言います
地下駐車場に車を停めると、店内に入ります
天井は呆れるほど高く、冷房ががんがんきいています
自分が縮んだような気になる場所でした
まだ夢が売っていた時代のデパートみたいです
良い雰囲気の雑貨屋を見かけると
青空は僕を置いて中に入っていきました
ついていこうとすると、追い払われます
「くもりぞらさんはメロンでも見ててください」
青空なりにやりたいことがあるようです
仕方がないのであたりをうろつきます
デパートに来るのは久しぶりでした
おかげで、子供の頃の記憶が
そこにそのまま残っている気がしました
もちろんこの場所を訪れたことが
あるわけではないのですが
エントランス付近のベンチに座って青空を待ちます
行き交う人々は、みんな幸せそうに見えます
実際、ここを訪れるような人は、ある程度裕福で、
「余計なこと」に金を割く余裕のある人たちです
子連れの客が多く、どこの子供も、
絵本の中から出てきたような感じです
立派な服、整った顔立ち、綺麗な体つき
彼らの将来を考えて、自分の現状と比較し、
僕は勝手に落胆して溜息をつきます
いつの間にか青空が脇に立っています
「さ、いきましょう」と青空は言います
何をしていたのかは聞かずにおきます
エレベーターが混んでいる様子だったので
いつも見るものより数段長いエスカレーターに乗ると
青空は壁に貼られた注意書きを指差しました
「黄色い線の内側では手を繋いでください、ですって」
「お子様と手を繋いで黄色い線の内側に、な」
「似たようなものです。私、年下ですから。
ほら、黄色い線の内側ですよ」青空は手を差し出します
僕はその白くて細い指をそっと握ります
すかさず青空がぎゅっと握り返してきます
支援
「あれみたいですね、恋人みたいです」
僕の顔を見上げて青空が笑みを浮かべます
「これだけじゃあ兄妹と似たようなもんだ」
「傍から見ても、そう見えますかね?」
「ああ。どう見ても仲の良い兄妹だ」
「これでも?」青空は自分の指を
僕の指の間に入れて、握り直します
「おいおい」と言いつつも、
僕はその手をしっかり握り返します
僕らが屋上遊園地に到着した途端
場内に大きな音楽が流れ始めます
真上にある時計台からの音のようです
「からくり時計ですね」と青空が言います
「10万人目の来場者になったかと思いました」
「雨だ」と僕は手を差し出して言います
今はまだ弱いですが、徐々に強くなる類の降り方です
「雨ですね。じゃ、さっさと乗っちゃいましょう」
メリーゴーランドと観覧車を指差して青空は言います
濡れた石畳が遊具のカラフルな光を反射して
屋上はクリスマスみたいなことになっています
メリーゴーランドは、よくある子供騙しの
チープなものではなく、凝った造形のものでした
念のために僕は言っておきます
「俺は見るのが好きなわけで、
別に乗りたいわけじゃないんだよ」
しかし青空は二人分のチケットを購入し、
結局僕たちは馬車に向かい合って座ります
合図が鳴り、馬車が動き出します
青空は身を乗り出して、僕に言います
「『とても酷いやり方』でいつか殺す、
くもりぞらさんはそう言ったわけですけど」
「言ったなあ、そういえば」
「どんなやり方なんです?」
少し考えてから、僕は答えます
「そうだな。まず……簡単に殺しはしない。
時間をたっぷりかけて、じわじわ殺すんだ。
死ぬときに未練や後悔が残るように、
できるだけ生に対する執着が増すような、
そういう暮らしを、長期に渡って送らせる」
「時間をたっぷりって、いつごろ殺すんです?」
「幸福慣れするのに時間がかかりそうな
相手だからな、慎重にいく必要がある。
十年、二十年、場合によっては、百年でも」
「私は時間かかりますよー」、青空が得意気に言います
これは集団ストーカーの自殺誘導
ですね。実行者の狂気を感じます。
地獄に墜ちるでしょう。
意味不明w
間違えた
こういう終わらせ方もありなんだと思いましたね。最後の言葉を予想して楽しめる、ひと粒で二度美味しいお話。
最高に面白かったっす
鳥肌が立ちました