想像通り、雨は次第に強くなっていきます
屋上の客はどんどん減っていきます
観覧車に乗り込み、半分くらいの高さまで
昇ったところで、青空はぽつりと言いました
「百年かけて、殺されたかったなあ」
「俺もそうするつもりでいたさ」
「でも、難しそうですね」
「今となっては、明日も知れぬ身だからな」
「なんとかして、逃げられないものですかね?」
「俺もそれをずっと考えてる。でも向こうは、
その気になりさえすれば、何でも出来てしまう」
「うーん……」と青空は俯いて考えます
「こんなのはどうでしょう?」
観覧車が三分の二くらいの高さまで
来たところで、青空は言います
「くもりぞらさん、標的を自殺させる上で、
定められた手順を言ってみてください」
僕は頭の中の文章を読み上げます、
①その人の体をのっとる
②辛そうに振る舞う
③身の回りを綺麗にする
④遺書を書く
⑤死ぬ
「そう。そして、一つ目を阻止することは困難です。
でも、二つ目、三つ目、四つ目を、
全身全霊で邪魔したらどうなるんでしょう?」
「たとえばですね、②を妨害するとして、
自殺する理由が見当たらないどころか、
絶対に自殺するわけがないって思われるくらい、
幸せになっちゃえばいいんじゃないでしょうか」
「まあ確かに、向こうには、周りに自然な自殺だと
思わせなければらない義務があるからな」
「そうです。くもりぞらさんの幸せはなんですか?」
「今まさにってところだな。青空といること」
青空は頬をかいて目を逸らします
「えーと……いや、すごく嬉しいんですけど、
こんなことで満足しないでください。
まだまだこれからじゃないですか。
こんな陳腐なことは言いたくないんですが、
生きてればもっと楽しいことが沢山ありますよ」
僕らの観覧車が一番高くなる瞬間が訪れます
その高さからは、雨に濡れた街が一望できます
窓にはりつくように下を見ながら、青空は言います
「そう。私はくもりぞらさんと同じ大学へ行くんですよ。
がんばって勉強して、くもりぞらさんの後輩になるんです」
「だいぶ頑張らないといけないな」僕は苦笑いします
「大丈夫ですよ。くもりぞらさんが教えてくれますから。
そうしてまた、一緒にカフェに行って勉強したり、
映画を観に行ったり、お酒を飲んだりするんです。
毎年、私たちに殺された人たちのお墓参りにいって、
あんまり派手な生き方はしないようにして、けれども、
必要以上に卑屈にはならず、強かに生きていくんです。
そう、明るい日陰で生きていくんですよ。
そのときは、今までみたいな話し方をやめて、
お互いとっても素直に、昔のことを話すんです。たとえば――」
「たとえば、実は俺が、青空のことを
好きにならないように必死に努力したが、
結局は無駄に終わったこととか」
青空は目を丸くして僕の顔を見ます
「そういうことだろ?」と僕は念を押します
「……そうです。そういうことを話すんです。
課外が終わって会いに行ったとき、
私がわざわざ髪を切って、お洒落をして、
実はとってもはしゃいでいたこととか」
「アパートに青空があらわれたとき、
どうしてか、妙にほっとしてしまったこととか」
「足の心配をしてくれて抱っこしてもらったとき、
本当は皆に見せて回りたいくらいだったこととか」
「酔っ払った青空がとんでもなく可愛かったこととか」
「キスの件は、わざと勘違いしたふりをしたこととか」
びしょ濡れで店内に戻った僕らは
無闇にお互いを叩いて笑います
思えば、この夏は、僕も青空も
しょっちゅうずぶ濡れになりました
それでも、雨に濡れるのは初めてでした
あたたかいコーヒーを飲み終える頃
デパートに閉店を知らせる音楽が流れ始めます
外に出た僕らは、夜の雨の街を、
傘も差さずに歩きつづけます
青空は「雨にぬれても」を口ずさみます
見込みのない二人は、いつまでも
手遅れの幸せについて語ります
雨はかなり弱まってきていました
青空に言われて空を見上げると
ぼんやりした月が浮かんでいました
「残念ながら、星は見えませんけど」
青空は鞄から何かを取りだします
僕には、梱包を剥がす前から
それが何なのか分かります
「もちろん、オルゴールです」
青空はそれを僕に手渡します
グランドピアノの形を模した
シリンダーオルゴールです
「これで、くもりぞらさんの好きなものは、
ひとまず全部そろいましたね」
曲を流してみてください、と青空は言います
それは本当に突然のことでした
ぜんまいを巻いている最中
不意にふわりと、僕の心の曇りが晴れます
僕を直接殺そうとしていた意思とは別の
もっと上の存在からの操作から逃れ、
自由になることができたのでしょう
途端、押さえつけられ、弱められていた
僕の人間的感覚が開放されます
目の前の少女が、突然、
かみさまみたいに見えてきます
ああ、そうだったのか、と僕は思い、
何も言わず、僕は青空を抱き締めます
青空は「うわっ」と驚きつつも
すぐに抱きしめ返してくれます
そうだよな、と僕は思います
これくらいの気持ちが溢れていて当然だったんだ
どうにかして青空を、この糞みたいな
くだらない繰り返しから抜け出させてあげよう、
こんな卑屈で先のない幸せにすがらなくとも
もっと心の底から笑えるようにしてあげよう、
オルゴールが終わるころには、
僕はそう決意していました
でも結局、その日が僕らにとって
最後の日となりました
これでお話は大体お終いです
神経質そうな目をした女の子でした
笑い方がとっても控えめな女の子でした
オルゴールから流れた曲はなんだったのかな?ちょっと気になる
よっぽど書こうかと思ったんですが、
チキンなので書かずにおきました!
おつ
面白かったよ!
久方ぶりにいい話読めたよ
GJ
これは集団ストーカーの自殺誘導
ですね。実行者の狂気を感じます。
地獄に墜ちるでしょう。
意味不明w
間違えた
こういう終わらせ方もありなんだと思いましたね。最後の言葉を予想して楽しめる、ひと粒で二度美味しいお話。
最高に面白かったっす
鳥肌が立ちました