人を自殺させるだけの簡単なお仕事です


 

710: 1 2012/08/10(金) 20:55:30.22 ID:Z/us+aeL0

想像通り、雨は次第に強くなっていきます
屋上の客はどんどん減っていきます

観覧車に乗り込み、半分くらいの高さまで
昇ったところで、青空はぽつりと言いました
「百年かけて、殺されたかったなあ」

「俺もそうするつもりでいたさ」

「でも、難しそうですね」

「今となっては、明日も知れぬ身だからな」

「なんとかして、逃げられないものですかね?」

「俺もそれをずっと考えてる。でも向こうは、
その気になりさえすれば、何でも出来てしまう」

「うーん……」と青空は俯いて考えます





 

712: 1 2012/08/10(金) 21:00:13.21 ID:Z/us+aeL0

「こんなのはどうでしょう?」
観覧車が三分の二くらいの高さまで
来たところで、青空は言います

「くもりぞらさん、標的を自殺させる上で、
定められた手順を言ってみてください」

僕は頭の中の文章を読み上げます、

①その人の体をのっとる
②辛そうに振る舞う
③身の回りを綺麗にする
④遺書を書く
⑤死ぬ

「そう。そして、一つ目を阻止することは困難です。
でも、二つ目、三つ目、四つ目を、
全身全霊で邪魔したらどうなるんでしょう?」

 

714: 1 2012/08/10(金) 21:49:07.12 ID:Z/us+aeL0

「たとえばですね、②を妨害するとして、
自殺する理由が見当たらないどころか、
絶対に自殺するわけがないって思われるくらい、
幸せになっちゃえばいいんじゃないでしょうか」

「まあ確かに、向こうには、周りに自然な自殺だと
思わせなければらない義務があるからな」

「そうです。くもりぞらさんの幸せはなんですか?」

「今まさにってところだな。青空といること」

青空は頬をかいて目を逸らします
「えーと……いや、すごく嬉しいんですけど、
こんなことで満足しないでください。
まだまだこれからじゃないですか。
こんな陳腐なことは言いたくないんですが、
生きてればもっと楽しいことが沢山ありますよ」

 

716: 1 2012/08/10(金) 22:07:12.93 ID:Z/us+aeL0

僕らの観覧車が一番高くなる瞬間が訪れます
その高さからは、雨に濡れた街が一望できます

窓にはりつくように下を見ながら、青空は言います
「そう。私はくもりぞらさんと同じ大学へ行くんですよ。
がんばって勉強して、くもりぞらさんの後輩になるんです」

「だいぶ頑張らないといけないな」僕は苦笑いします

「大丈夫ですよ。くもりぞらさんが教えてくれますから。
そうしてまた、一緒にカフェに行って勉強したり、
映画を観に行ったり、お酒を飲んだりするんです。

毎年、私たちに殺された人たちのお墓参りにいって、
あんまり派手な生き方はしないようにして、けれども、
必要以上に卑屈にはならず、強かに生きていくんです。
そう、明るい日陰で生きていくんですよ。

そのときは、今までみたいな話し方をやめて、
お互いとっても素直に、昔のことを話すんです。たとえば――」

 

726: 1 2012/08/10(金) 22:51:02.70 ID:Z/us+aeL0

「たとえば、実は俺が、青空のことを
好きにならないように必死に努力したが、
結局は無駄に終わったこととか」

青空は目を丸くして僕の顔を見ます

「そういうことだろ?」と僕は念を押します

「……そうです。そういうことを話すんです。
課外が終わって会いに行ったとき、
私がわざわざ髪を切って、お洒落をして、
実はとってもはしゃいでいたこととか」

「アパートに青空があらわれたとき、
どうしてか、妙にほっとしてしまったこととか」

「足の心配をしてくれて抱っこしてもらったとき、
本当は皆に見せて回りたいくらいだったこととか」

「酔っ払った青空がとんでもなく可愛かったこととか」

「キスの件は、わざと勘違いしたふりをしたこととか」

 

727: 1 2012/08/10(金) 23:05:07.70 ID:Z/us+aeL0

びしょ濡れで店内に戻った僕らは
無闇にお互いを叩いて笑います

思えば、この夏は、僕も青空も
しょっちゅうずぶ濡れになりました
それでも、雨に濡れるのは初めてでした

あたたかいコーヒーを飲み終える頃
デパートに閉店を知らせる音楽が流れ始めます

外に出た僕らは、夜の雨の街を、
傘も差さずに歩きつづけます
青空は「雨にぬれても」を口ずさみます

見込みのない二人は、いつまでも
手遅れの幸せについて語ります





 

728: 1 2012/08/10(金) 23:12:45.41 ID:Z/us+aeL0

雨はかなり弱まってきていました
青空に言われて空を見上げると
ぼんやりした月が浮かんでいました

「残念ながら、星は見えませんけど」

青空は鞄から何かを取りだします
僕には、梱包を剥がす前から
それが何なのか分かります

「もちろん、オルゴールです」
青空はそれを僕に手渡します
グランドピアノの形を模した
シリンダーオルゴールです

「これで、くもりぞらさんの好きなものは、
ひとまず全部そろいましたね」

曲を流してみてください、と青空は言います

 

729: 1 2012/08/10(金) 23:22:11.92 ID:Z/us+aeL0

それは本当に突然のことでした

ぜんまいを巻いている最中
不意にふわりと、僕の心の曇りが晴れます

僕を直接殺そうとしていた意思とは別の
もっと上の存在からの操作から逃れ、
自由になることができたのでしょう

途端、押さえつけられ、弱められていた
僕の人間的感覚が開放されます

目の前の少女が、突然、
かみさまみたいに見えてきます

ああ、そうだったのか、と僕は思い、
何も言わず、僕は青空を抱き締めます
青空は「うわっ」と驚きつつも
すぐに抱きしめ返してくれます

そうだよな、と僕は思います
これくらいの気持ちが溢れていて当然だったんだ

 

730: 1 2012/08/10(金) 23:30:33.32 ID:Z/us+aeL0

どうにかして青空を、この糞みたいな
くだらない繰り返しから抜け出させてあげよう、

こんな卑屈で先のない幸せにすがらなくとも
もっと心の底から笑えるようにしてあげよう、

オルゴールが終わるころには、
僕はそう決意していました

でも結局、その日が僕らにとって
最後の日となりました





 

731: 1 2012/08/10(金) 23:34:20.50 ID:Z/us+aeL0
さて、

 

732: 1 2012/08/10(金) 23:35:07.29 ID:Z/us+aeL0
急に感じるかもしれませんが、
これでお話は大体お終いです

 

734: 1 2012/08/10(金) 23:35:47.64 ID:Z/us+aeL0
八月のよく晴れた日に出会ったのは、
神経質そうな目をした女の子でした

 

735: 1 2012/08/10(金) 23:36:24.99 ID:Z/us+aeL0
華奢で色白で、視線は常に下を向いていて、
笑い方がとっても控えめな女の子でした

 

736: 1 2012/08/10(金) 23:37:33.83 ID:Z/us+aeL0
最後に交わした会話は、僕と青空だけの秘密です。

 

737: 1 2012/08/10(金) 23:38:10.95 ID:Z/us+aeL0
おしまい。

 

738: 名も無き被検体774号+ 2012/08/10(金) 23:39:47.80 ID:ZVmED/nAO
わー!終わりなの?
オルゴールから流れた曲はなんだったのかな?ちょっと気になる

 

748: 1 2012/08/10(金) 23:59:54.80 ID:Z/us+aeL0
>>738
よっぽど書こうかと思ったんですが、
チキンなので書かずにおきました!

 

740: 【Dnews4viptasu1327080131130483】 2012/08/10(金) 23:40:36.54 ID:/S9cUOOe0

おつ

面白かったよ!

 

741: 名も無き被検体774号+ 2012/08/10(金) 23:42:39.41 ID:CxNq8CeT0
面白かった
久方ぶりにいい話読めたよ
GJ




Comments ( 5 )
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  • 山田

    これは集団ストーカーの自殺誘導
    ですね。実行者の狂気を感じます。
    地獄に墜ちるでしょう。

    • 匿名

      意味不明w

      • 匿名

        間違えた

  • 結城

    こういう終わらせ方もありなんだと思いましたね。最後の言葉を予想して楽しめる、ひと粒で二度美味しいお話。

  • 最高に面白かったっす
    鳥肌が立ちました