俺が高3だった頃に起きた夏の一週間のこと、良かったら聞いてくれ。
ちょうど先週、高校のクラス会があってさ、色々思い出したんだ。
付き合ってくれたら嬉しい。
俺の高校は、夏になると決まって勉強合宿があった。
都内にある高校を離れて、山奥にある民宿に籠ってクラスみんなで勉強するんだ。
期間は一週間なんだけど、
一日10時間は絶対勉強しなくちゃいけないから、確かにしんどい。
だけど、それ以上に楽しみな行事でもあった。
クラスのみんなと一週間もお泊りできる行事だからね。
第二の修学旅行みたいな感じで、否応無しにテンションが上がるんだ。
一週間分の大荷物を持ってこなきゃいけないから、
みんな大きなカバンにキャリーバッグを引いて来たり、それは大層な荷物になるんだ。
沢山の期待や不安を大きなバスに突っ込んで、都会にある高校から山奥を目指す。
毎年のことだったから、3年目にもなると、みんな淡々とこなしていたよなw
それでも、やっぱりワクワクしちゃう気持ちがあってさ、
民宿に向かう朝のバスは変な昂揚感があったっけ。
んで何の話?
俺の高校は、都内の外れににあるそれなりの進学校だった。
ちなみに俺のクラスは35人くらい。
文系の進学クラスとされていて、男女比は、男子1:女子1って感じだったかな?
3時間もバスに乗っていれば、目的地である民宿近辺まで来る。
途中で長いトンネルを越えるんだけど、そこで景色が一変して、
もう視界には青々とした森や畑しかなくなる。
そこで俺たちはやっと「今年も勉強合宿が始まるんだ」って実感が湧くんだ。
山奥にあるちっぽけな民宿の、舗装もされてない駐車場にバスが停まって、次々と大荷物を降ろしていく。
乗務員は一人しかいないから、各自が放り出された荷物の中から自分のものを見つける。
これも毎年のことなんだが、ここで必ずトラブルが起こるんだ……
吉谷「先生ー! 俺のベースがねえんすけど!」
先生「はー? お前勉強合宿になんでベース持ってきたんだ!」
このように、誰かが必ず自分の荷物を見失うww
吉谷っていうのは軽音部のやつで、学校にいる時も四六時中ベースを担いでるようなやつだ。
先生「なんでそんなもん持ってきたんだ! よく探せ」
吉谷「あーい……」
怒られて当然なのに、何故だか不服そうに返事をする。
俺「お前、なんでベースなんか持ってきたんだよ」
吉谷「だっていつも触ってないと勘が鈍るだろ」
俺「つっても俺たち受験生だぞ……」
吉谷「バカ、一週間だぞ。めっちゃなげえじゃねーか」
俺「一週間なんて、本当にあっという間だぞ」
俺はまだこれから起こることを知らなかったから、
本当にあっという間の一週間だろうなと思っていた。
受験生にとっての一週間なんてあっという間で、それでいてとても大切な時間だ。
だから、この合宿でもひたすらに勉強だけしようと思っていた。
「ありましたよ! これのことですよね?」
しばらくすると、乗務員のおっさんの呼ぶ声がして、
吉谷のベースは見つかり、事なきを得た。
先生「みんな準備いいか?こっちこーい」
担任の一声でクラス全員が宿の前に集まる。
そこには、これからお世話になる民宿の老夫婦が立っていた。
委員長の号令に従い、みんなで挨拶する。
この挨拶のためもあってか、初日はクラス全員が制服を着用していた。
それが済むと、一斉に部屋に向かうわけだが、ここでおかしな事に気付く。
俺「あれ、武智がいなくね?」
吉谷「あ、ほんとだ」
武智とはクラス1の落ち着きのない気分屋なんだが、
やっぱりこの挨拶の時にも姿をくらましていた。
重い荷物を引きずりながら部屋に向かうと、やっぱりそこには武智がいた。
俺「お前さ、挨拶ぐらいしろよ……」
武智「えーなんかめんどくさくってさぁ」
元ラグビー部の体育会系のくせに、こういう儀礼を面倒臭がるんだ。
武智は部屋の真ん中で寝そべってくつろいでいたが、
吉谷はそんな武智を気にも留めず、荷物の整理を始めていた。
武智「でも、部屋結構広くてよくねー?」
俺「確かに去年当たった部屋より広いな」
広々とした2階の和室で、
窓からはさっき降り立った駐車場(ただの広場)が見渡せた。
吉谷「なあ、すぐに勉強会始まるぞ?準備しろよ」
しばらく窓から外を見てぼーっとしていると、吉谷に注意された。
俺「あ、そうだな。武智も急げよ」
武智「あーーい……」
そんなこんなで俺たちも準備を始めていると、遅れて元気が入ってきた。
吉谷「お前、おっそいなぁ……何してたん?」
元気「いやぁ、荷物が重くてさ」
酉つけた方がいいんじゃね?
>>14
ありがとう、そうする
元気は結構な漫画オタクで、今回も相当な漫画本をカバンに詰め込んできたようだ。
ただ、外見には気を使っているようで、オシャレな黒縁眼鏡をかけている。
俺「お前、今年も漫画なんかもってきたのか」
元気「いやいや、今年はそれにプラスして……」
元気はにやけながら、カバンからゲームキューブを取り出した。
武智「うわ! いいぞ元気ww」
俺「なつかしいww」
突然のゲーム機登場に、俺たちは一気にテンションが上がってしまう。
武智「おいww元気ーwww」
テンションの上がった武智が元気にプロレス技のようなものをかけ始める。
元気「ちょwwやめろってwww」
俺もそれに乗じて「うぉーーいwww」とか言いながら変なノリを始めるw
合宿初日でテンションが上がりすぎていたんだ。
(ちなみに、このテンションは3日ともたない……)
部屋でもみくちゃになる俺たちを、半笑いで見つめながら、
「俺、先行ってるからなw」
と言い残して、吉谷は先に部屋から出ていった。
俺たちもなんとかその場のテンションを抑え込んで、勉強場へと向かう準備を進める。
武智「しかしさぁ、吉谷もあれだよなぁ」
俺「何が?」
武智「いや、真面目で頭いいけど、アイツもベースなんか持ってきちゃってw」
俺「あー、そうだね。なんだかんだ、そういうとこあるよねw」
武智「むかつく時もあるけど、俺は好きだわw アイツのそういうところ」
俺も部屋の片隅に置かれた吉谷のベースを見つめて
「そうだな」って軽くつぶやいた。
意味もなく暴れたりはしゃいだり、あの頃は何がそんなに楽しかったんだろうな…
勉強会の場所は、寝泊りする宿の真裏にある小さなプレハブ小屋だった。
俺たちが「勉強小屋」と呼んでいる、宿の離れである。
そのため、勉強会に向かうには一旦外に出ないといけない。
武智「あっついなーー」
俺「確かに……」
いくら山奥とは言え、8月ど真ん中の直射日光はしんどかった。
遠くから蝉がミンミンと鳴く声が聞こえて、間違いなく「夏本番」という感じだった。
元気「待ってくれよー」
俺「元気、なんでそんなに荷物多いの?」
元気は汗だくになって、明らかに異常な量の本を抱えていた。
武智「いや、それ半分以上漫画とかじゃねーの?ww」
武智がそう言うと、元気は強張った顔で「シッ!」と言った。
それを見て俺と武智は大笑いしてしまう。
「ここに何しに来てんだよーww」
元気はさも「お前らに言われたくねえ」」みたいな顔をしていたけど、
俺たちは堪えきれずに大笑いしてしまった。
どうしてなのか、やることなすこと全てに、「楽しさ」が滲んでいた。
そんなこんなで、「勉強小屋」に辿り着いた俺たちは、勉強合宿をスタートさせる。
クーラーもついてない35人がぎりぎり収まるプレハブ小屋で、
扇風機の風だけを頼りに、一週間勉強に没頭するんだ。
そんな風に考えていたけど、
これがまったく勉強どころじゃなくなっていくんだよな。
昼過ぎに始めた勉強は、夕方前には一旦休憩時間となる。
初日はまだまだ体力が残っているので、みんな元気である。
俺「かぁー!! この調子でいけば一週間で数チャート一冊終わるわww」
元気「それ、毎年言ってない?w」
俺の隣に座った元気が煎餅を食べながら突っ込んでくる。
俺「いや、今年は本気だよ? だって受験生だからねw」
そんなくだらないやりとりをしていると、担任が遠くで声を上げた。
先生「お菓子なくなったなー誰か近くまで買い出しいってくれないかー?」
これを聞いていた武智が勢いよく、
「あ、俺行きますよ!」と高々と手を挙げた
(アイツサボりたいだけだろ……)
なんて心の中で思っていたら、俺と元気の席に近づいてきた。
武智「なあなあ、1か元気、一緒に買い出しに行こうぜ」
元気「俺は絶対に行かねえよ」
元気は煎餅を食いながら即答した。
武智「お前が沢山食うからお菓子なくなったんだからなwww」
と冗談交じりに文句を言ったが、その矛先はすぐに俺に向いた。
武智「なあ、1は行くだろ? 買い出し。一人じゃつまらんからさ~」
俺「えー、ちょうど集中してたところなのに」
武智「いいじゃねえかよ。気晴らししに行こうぜ」
俺「だー、分かったよ」
武智の押しに負けて、諦めて了承してしまう俺。
武智「せんせー! お菓子だけでいいんすかー!?」
先生「あー、みんなで分けられそうなものを頼む」
プレハブ小屋のたてつけの悪いガラス戸を開けながら、
武智はこちらを向いてニヤニヤしだした。
武智「ひひひ、早速抜け出せたな」
不思議と、その武智の顔を見て、ちょっとだけ嬉しくなってしまう。
「ああ、今年もまた、あの濃い一週間が始まるんだなぁ……」
って心のどこかで思ってしまって、ワクワクが止まらなかった。
二人でプレハブ小屋を出て、西日の突き刺す駐車場の脇に止まった自転車を見つける。
武智「おー、まだあるじゃんこれ」
俺「ほんとだ、去年もこれに乗って遊んだなぁ」
武智「この自転車、去年川に落としそうになってめっちゃ笑ったよなww」
俺「あー、あれは焦ったよなwww」
なんて言いながら、二人して古びた2台の自転車にまたがる。
夕方近くになったとはいえ、8月の日光は容赦なく俺らを照りつけるから、
すぐに汗だくになってしまった。
至る所から蝉の声がこだまして、なんだか朦朧としてくる。
しばらく山道を下っていると、少しひらけた県道に出た。
武智「なあ、どうする? セブンに行くか? それとも」
俺「うーん、ちょっと遠いんだよなぁ確か」
いいね~
この県道を下って15分位で、セブン-イレブンにたどり着くが、
帰り道は上りでとてもしんどい。
一方、脇道に入れば地元の駄菓子屋のようなものがあり、すぐに事足りるのだ。
俺「とりあえず今日は駄菓子屋でいいんじゃね?」
武智「うっし、そうしよか」
そう言って武智は立ち乗りをして勢いよく県道を横断していく。
しばらく走れば、赤いひさしを構えた古ぼけた商店が見えてくる。
武智「あったあったww 良かったなまだあって」
俺「毎年ハラハラするよな~ww」
古びた駄菓子屋だが、お菓子やアイスなどひと通り揃っていて、
贅沢を言わなければ十分買い物できる場所なんだ。
よせと言ったのに、武智はひたすらアイスを買い始めた。
俺「お前が急いで持って帰れよなww溶けても知らねえぞ!」
武智「任せろって! 超特急で持って帰るからww」
なんてやり取りをしてしまった。
駄菓子屋のおばちゃんに「気をつけて持って帰れしね~」
なんて言われながらそそくさと店を出て、自転車にまたがる。
俺「お前本当ににそんなに買って……ちゃんと持って帰れよ」
武智「わーかってるよ」
武智「そんなことよりさ、あれ、楽しみだよな」
俺「ん? あれって何のこと?」
武智「ばっかお前! 縁日だよ縁日!」
俺「あー、夏祭りのことか」
この年の勉強合宿では偶然日程が重なり、
最終日の前日にふもとの町で夏祭りが予定されていた。
そして、担任からも「その日まで勉強を頑張れば、夏祭りに遊びに行っていい」
という許可が降りていたのだ。
そのためクラスは一気に盛り上がり、女子には浴衣を持参した子もいるらしい。
最後の最後にそういう楽しみがあると、やはり心が躍るというものだ。
それに後々、この夏祭りが俺たちにとって凄く大切なものになる。
しえんしえん
武智「お前さ、夏祭り、渚を誘って行けよ」
俺「はあ? 何言ってんだよ」
渚というのは同じクラスの女子で、
俺が1年以上好きなのに、何も出来ずにいた子の事だ。
武智「だってチャンスじゃねえか! こんな機会滅多にないだろ」
俺「まあ、そうかもしれんけどさ……」
俺たちは自転車をこぎながら淡々と話し続ける。
俺「でも、武智だって分かってんだろ? 渚は無理だって」
武智「いや、そんなん分かんねーじゃん。だってまだ決まったわけじゃないし」
そう言うと武智は、憎たらしい笑みを浮かべた。
俺「そうやって俺に発破かけないでくれよ……」
俺も武智も、渚には他に好きな人がいると、知っていたんだ。
俺のテンションが落ちたのが分かってか、
武智も喋るのをやめて、しばらく無言で走る時間が続いた。
夏の午後の、傾きかけた太陽が道を照らしている。
武智「あ、そういや飲み物買ってくるの忘れてたな」
俺「そんなん頼まれてなかったじゃん?」
武智「あーいや、なんか女子たちが飲み物が無くなったって言ってたんだよ」
俺「ふーん……」
武智「買ってったら、お前渚とも話せるかもよ」
武智が思いついたように、俺に向かって言った。
武智にそう言われて、「うーん」と悩んでしまう。
武智「考えてないで買ってけばいいんだよ、その辺で」
俺「その辺って言っても、もう店なんかないぞ」
武智「自販機か何か探せばいいだろ」
武智「俺はアイスがあるから先行くからさ! じゃあな!」
そう言うと、武智は俺を置いて一人で突っ走っていってしまった。
「無責任なやつめ……」
と思ったけど、とりあえずどこかに自販機がないか、
道草を食って探してみる事にしたんだ。