「最近。僕は、変な夢ばかり見るんだ」
支離滅裂かもしれないけど。僕はそう前置きして言った。
彼女の読書趣味に合わせていたら身についた語彙である。
「皆が僕の事を全然違う名前で、すごく親しそうに呼んでいるんだ」
「家に帰れば、お金持ちの家だったり、普通のマンションだったり」
「僕は幸せそうなんだけど、最後は、君みたいな女の子にふられる」
彼女はしばし無言を貫き、目を丸くして聞いていた。
数秒の間の後に「欲求不満じゃない?」と言っていた。
確かに有り得そうだ。でも生活に不満はないというのに。
「それに、今の僕よりずっといい顔だったり、普通の顔だったりするんだ」
「友達も今よりずっと多い。侍らせてるみたいな夢だってみたことあった」
「へえ。面白い。なら、夢の中のほうが、ずっと楽しいんじゃないかしら」
「僕は、こっちの方が、ずっと楽しいな」
「お金がなくたって、どうにかなる。僕みたいに。普通に生きてる」
「それに、顔は。顔より本質を理解してくれる人が現れる。らしい」
「おまけに頭も悪い。でも、その代わり、僕は僕だと思えるんだよ」
ああ、やっぱり、言ってることが滅茶苦茶になってきてるなあ、と思った。
でもなんだか、間違いではなくて。ううん。何がおかしかったんだろうか。
「普通の僕は、人に流されるだけ。最初から最後まで。誰でもなかった」
「強かった僕は、人に持ち上げられて、もう自分が自分と思えなかった」
「で、今の僕は、誰にも持ちあげられずに、流されるような人もいない」
「なんだか、最も僕の本質に近いような気がするんだ。最高だと思うよ」
「しかも今は、最底辺だ。これから僕は上に登るだけだ。希望しかない」
あなたって、誰よりも弱いのに、誰よりも強いのかもしれない。そう言った。
ああ。こんなことを言うのは初めてだ。なんだか本当に恥ずかしいと思った。
今なら思春期特有の悩みという言葉で片付けられる。ありがたい限りである。
「なら、人生をやり直せたら、だなんて。思わないかしら」
「どうかな。僕は、思わないかな。これが最高だと思えるから」
「最低なのに、最高なんだ。ちょっと矛盾してるけど、これでいい」
「なんだろう。これが僕なんだ。不細工で頭も悪い。けど、これが僕だ」
僕がそう言うと、隣を並んで歩く彼女は、涙を流していた。
ああ。どうして泣くの。僕は何か言ってしまっただろうか。
「いいえ。あなたが悪いわけではないの。少し。ちょっと」
別れ道に差し掛かるまで、僕は彼女を心配し続けていた。
けれども大丈夫と繰り返すばかりで、理由は分からない。
「じゃあ、また明日。学校で会いましょう」
そう言って別れて、僕は彼女の涙の意味を探していた。
彼女は何か言いたげだった。なら、何を言いたかった?
『―――――人生をやり直せたら、だなんて、思わないかしら』
この問いに対して、いいえと答えてから、彼女は涙していた。
つまり、彼女が望んでいた僕の答えではなかったのだろうか。
だが。もし、はいと答えるのが彼女の望む答えだったならば。
僕に人生をやり直させたいだけの理由がある、ということか?
『ああ、お前には、友人なんていないんじゃないのか』
『そんなことねえよ。なんだって、そう言えるんだよ』
『お前の周りにいるのは、ただの取り巻きだと思うが』
『お前のことなんて、誰も気にしてない。どう思う?』
『そうかもな。なら、俺は、どうすりゃいいってんだ』
『欲しいものは、なんでももってる。でも、何もない』
『金もある。成績もいい。顔だっていい。なのになぜ』
『友人を作るのに、それは、なくちゃいけないのか?』
『当たり前だろ。選ばなきゃいけない。善し悪しをな』
『選べるほど、いつからお前は上等な人間になった?』
『自然にできてるんじゃないのか、そういう友人とは』
また、僕は誰かの夢を見た。あの日からだ。
こんな選択をしたことがある。そう思ったときからだ。
何かにつけては僕の夢に現れて、勝手に去っていくんだ。
もう少しで春が来る。また季節を最初からやり直すんだ。
そしてまた春が来た。僕たちはようやく五年生になった。
その時からだっただろうか。都市伝説が流れ始めたのは。
どこから流れたかも分からない。けれど全員知っていた。
街外れの豪邸の中。そして同時に、もう一つ、噂が流れた。
「人生を三回やり直すことのできる部屋がある」という噂。
それはどうにも、どこかの住宅街の中にあるらしいのだ。
「ねえ。豪邸の噂。あれ、君は気になったりしないの?」
「今さらどうでもいいわよ。散々、その話を聞かされた」
彼女は本当にうんざりしたように言った。噂で持ちきりだ。
学校も、先生が見回りに行くだなんて言っていた。困った。
となると、気になるなら一人で行くしかないということだ。
「じゃあ、僕が行ってみるとしようかな」
「ダメよ。勝手に入って、絶対に怒られることになるのよ」
「でも、気になるとは思わないの?君も一緒に行かない?」
「行かないわよ、あんなところ。怒られるなんてごめんよ」
ううん。やはり女の子というものは冒険に否定的なのだろうか?
でも先生が見回りしてるんだよなあ。そう思うとやる気を失くす。
特に体育の先生は、古風な教育と言う名の拳骨を落としていく。
「痛いわよ。わたしなら、痛くて涙が滲むと思う。絶対嫌」
そう思うにつれて、探究心は急速に芽を摘まれたように消えていった。
僕が「殴られるのは嫌だ」と言うと満足したように彼女は笑っていた。
やはりいつの世でも最後に勝つのは目と鼻の先にある握り拳と言える。
「ただいま。ねえ、人生やり直してみたいとか、思う?」
「あたし?やりたいことはあるけど、もういいわよ。いらない」
「今だって、あんた育てるので精一杯だし、子育て最高に楽しいから」
愉快そうに笑っている母を見て、ああ、この人の子供なのだと思った。
僕も言い方はおかしいのだろうが、この人に育てられるので精一杯だ。
そんなふうに思っていると、母は急に真剣な眼差しで僕にこう言った。
「もし、やり直すなら、他人の為にやり直せる人生にしなさいよ」
「そりゃ、こんな貧乏で、あばずれの母親持って、あんたも嫌でしょ」
「あんた、言われてるでしょ。母親は、誰とでも寝てるんだぜ、とか」
「それはいいのよ。昔は、そうだったし。でも、あたしはこれでいい」
あんたを捨てて出て行ったあいつにも、思う所はあるんだけど。
でもねえ、あたしはこんな人生でも、何一つ後悔してないわよ。
「だから、やり直すなら、次は幸せな人生送りなさいよ。後悔すんな」
どこか寂しそうに視線を宙に彷徨わせながら、しんみりと呟いた。
あたしみたいな母親に当たっちゃダメよ。言うと、げらげら笑った。
「僕は、最高の母親だと思うけどなあ。綺麗事、言わないんだもん」
「そんな事、言える余裕がないだけよ。大層な人間でもないんだし」
ああ、あたしはそろそろ、仕事に行かないといけないし、行ってくる。
あんたはさっさと寝て、明日、あたしの事起こしてよ。任せたから。
「行ってらっしゃい」
「他人の為にやり直せる人生か」
テレビもなんにもつけずに、僕は部屋の中でそう呟いてみた。
確かに今の僕は人に不幸だの親はどう言われようとも幸せだ。
と、そこまで考えたところであの都市伝説を思い出していた。
行かないと言ったものの、やはり男としては気になるのだ。
と言っても、僕には場所すら分からない。長く住んでいるが。
念の為に僕はそこへ行ってくるという書き置きを残していた。
それで外には出てみたが、街のはずれということしか知らない。
ううん。僕は三年生の誕生日に買ってもらった自転車を跨いだ。
まあダメ元で調べてみるのだ。あったらあったでそれでいいか。
十七時に行動を開始して、街中探しまわって二十一時。
田舎で小さいとは言っても、開発途中の地も多かった。
そんなところを服を汚しつつ見て見回ってこの時間だった。
残るはここだけだ。うわあ入りたくない。そんな感想だった。
自転車を停め、入って行くと、どうやら人が入った跡がある。
「まさか」と呟きつつも、希望の一歩を踏み出した。
十分か二十分か三十分か歩いた所で、僕はその豪邸を見つけた。
なんだこれ。こんなところ、この街のどこにあったんだろう。
そう思うほど、広い家だった。話に上がったことすらない。
噂を僕の中で反芻してみた。テレビの電源を入れるだけか。
玄関というか柵で覆われていた入り口も開いているようだ。
中からは人の声もしないし、無人であることが確認できる。
「おじゃまします」
間違いなく管理会社から見ても邪魔者なのでそう告げてみた。
やはり声はしない。しかも割と汚いと思った。二階建てか。
玄関に入ると螺旋階段が二階へと続いているが、後にしよう。
まずは入って右。いくつか部屋を開けてみる。何もない。
正確に言えば色々あったが、何がなんだか判別できない。
奥へ行くと食堂だった。色々と原型を留めているようだった。
迷わずスイッチを押したが、やはり電気はつかないようだ。
食器もそのまま残っている。ところどころ欠けているのだが。
そして入り口に戻り、左へ向かった。
相変わらずほこりくさい屋内だった。
いくつか鍵がかかっており入れなかったが、廊下に壺があった。
落としたら簡単に割れそうだが、見て分かるほどには高級品だ。
ようやく入れた部屋の中は、経済学的な本が多かったと思う。
けれど僕なんかには分からない。諦めて入り口へ戻った。
さて、となると残っているのはこの螺旋階段より上である。
つまり二階。都市伝説らしきテレビはどこにあるというのか?
ぎしぎしと軋む音に冷や汗をかきながら、手すりに掴まって登る。
上へ上がると天井が低く感じ、僕は窮屈な印象を感じていた。
いくつか回ってみたのだが、客間と一つ大きなリビングがあった。
そこにもテレビはあったのだが、どうにも電源がつかないのだ。
客間にもあったが、どれも電源が入らない。どういうことなのか。
都市伝説など嘘だったのだろうか?
ふと暗い廊下だが目を凝らしてみると、何か棒のようなものがある。
僕は「ああ、屋根裏部屋があるのだな」と直感し、天井を探した。
するとやはりほこりの隙間に線があり、存在を匂わせていたのだ。
何度かジャンプし、ようやくひっかけた。後は引くだけだ。
僕はシャツを捲り上げ、マスクの代用として使っていた。
引いてみると、階段を登った時のような音がする。軋む音だ。
酷いその音の後に訪れたのは、家の外に現れた人の気配だ。
だが次第に遠くなっていく。あるいは勘違いだったのだろう。
壁に設置されていた懐中電灯に気付き、ライトをつけた。
どうやらまだ寿命はあるらしい。ありがたい限りだと思った。
崩れないかと慎重に足を伸ばす。どうにも大丈夫なようだ。
登って行くと、そのまま十歩ほどの距離のあと、光が漏れている。
あそこだけは電気が通っているのか?そうだとしか思えない。
そして思い留まった。もしくは、人がいるのかもしれない、と。
少しだけ開いている扉の隙間から、中を覗いた。
僕の見える範囲では、誰もいない。中にはテレビがあるようだ。
ゆっくりと扉を開けて、中に入ってみる。僕は驚く他になかった。
この部屋だけは、あまりにも外界から不干渉のようだったからだ。
白い部屋。家具は何もない。部屋の出入り口は二つあるようだった。
テレビがついている。目の前にはゲームのコントローラー。
十字キーにボタンが一つだけ。テレビへと直接繋がっている。
そこには、白い背景にクレヨンのような黒文字で、こうあった。
画面がちらつく直前に、一瞬だけ、確かに文字が読み取れた。
・ニューゲーム
ニア ・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム
あと 1 回です。
僕は目を疑った。都市伝説は確かに存在しているのだと。
そして同時に考えた。つよくてニューゲームとは何か、と。
普通に考えれば前回の結果を残しスタートすることだろう。
そして表示されている「あと1回です」はどういう意味だ?
子供のような字で書かれているあたりが不気味だった。
僕が部屋に入った瞬間、後ろのドアは大きな音を立てて閉まった。
風だろうか。あり得ない。ここには風を通す窓すらないのだから。
ドアを開けようと半狂乱になりながらドアを押し、引いてもみた。
開かない。
閉じ込められた?まだだ。ドアはもう一つあったはずだ。
だが、そちらも開かない。出入りするならこの二つのはず。
どうしようもなくなり部屋に色が芽生えていたのに気付いた。
黒。
テレビの電源が落ちているのか?画面は黒く染まっていた。
ドアのサイズからどうやって運び込んだのかと思う大きさ。
唖然とする僕の視界に入ったのは、コントローラーだった。
この部屋にある、唯一のボタンを押した。
・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
ニア・よわくてニューゲーム
あと 1 回です。
ここでやっと僕の回想の冒頭に戻ってくるということになる。
部屋に閉じ込められて既に十分は経過した実感があった。
まさかこのまま一生ここにいることになるというのか?
嫌だ。死にたくない。それだけを思ってドアを叩いた。
「誰か。誰か居ませんか」
返事はなかった。それも当然だと言えるだろう。
入ってくるのに苦労を要した。さらにこの豪邸だ。
密室から声がかろうじて漏れているのが関の山だ。
そこで僕は考えた。どうやったら部屋から出られるのかと。
そしてこの画面。何か意味があるのではないかと思った。
ボタンだけなら、十字キーをつける必要はないだろう。
急に冷静になった僕は、コントローラーを手に取った。
十字キーの上下で選択できるのは、この三つだけらしい。
けれどどうにも「よわくてニューゲーム」だけ押せない。
他の二つは押すと「クリアデータです」と表示される。
その後には「おもいで」とだけ書かれた画面に変わる。
そして「みる」「みない」の選択肢が表示されるのだ。
僕は「みる」を押す勇気がなく「みない」を選んだ。
すると最初の画面に戻ってくるという仕組みだった。
他には何もないのだろうか、これは。なんなんだ?
ああ、そういえば、これは十字キーなんだった。
となれば、左キーや右キーだって使えるはずだ。
何の根拠もないけれど、とりあえず左キーを押した。
そこにはあり得ない程の量の人名と顔写真があった。
どこまで言っても底など見えないぐらいにあった。
どの顔にも見覚えがない。いったい、誰なんだ?
恐ろしくてたまらなかった。全員が僕を見ていた。
誰だ誰だ誰だ。誰なんだ。誰が僕を見てる?
恐る恐る最初の人名を選択し、ボタンを押した。
すると「クリアデータです」の表示がなされた。
ニア・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム
「ニューゲーム」を選択し「おもいで」を押した。
「みる」「みない」が表示され「みる」を押した。
そこには「しゃしん」と「どうが」があった。
選べたのは恐らく僕の名前でなかったからだ。
「しゃしん」を選ぶと、普通の写真が並んでいた。
家族らしき人物と写っている写真もそこにあった。
幸せそうな家族じゃないか、と僕は安堵していた。
そのまま僕は軽率に下までスクロールしていた。
ああ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。どこまでも幸せ。
誰もが笑顔で写っている。ああ。これも…これは。
最下段。右下に「100/100」と表示された写真。
僕はすぐに判った。何度もテレビでみたじゃないか。
それを見た瞬間に、僕は理解より早く悲鳴をあげていた。
そこに居た男は、首を吊って死んでいた。
今まで読んできたSS中で
一番面白かった!!!!!
ありがとうございました!!