だがそんな生活も巡り巡れば慣れてしまうのが人間なのである。
精神的痛みは彼女ので最大攻撃力を誇っていたので辛くはなかった。
暴力に関してもあれだけ筋肉が傷つけられれば超回復さえするのだ。
小学生の最終月辺りはほぼ真顔で殴られていたと言っていいだろう。
そして楽しくもなんともない卒業式が訪れる。
「みんなで笑いあった思い出」残念だが僕は主に笑われていたのである。
「手を繋いで助け合いました」手を繋いで校舎裏に連れて行かれました。
「先生たちの素晴らしい指導」のおかげで少し激化した気がしているが。
音楽の授業中は僕をゴミ箱に見立て消しカス投げ大会だった気がする。
なので校歌斉唱の際も見事に覚える暇などなくて歌うことはなかった。
卒業証書授与。少しこの世から卒業したいという気持ちもあった。
しかし母の姿を想像する度に僕は勇気を貰っていたため断念した。
何かしら母に恩返しするまではとても死ねない。死にたくはない。
そんなわけで適当な事を考えていれば呆気無く卒業式は終わった。
先生の声が聞こえた気がしたが僕は黙って白紙の寄せ書きを見て学校を出た。
学校から十数メートル位は離れた家屋の横の電柱に母がもたれて泣いていた。
「ごめんなさい」
「あんた、全然楽しそうじゃなかった。そりゃ、そうだよねえ」
「まだ、このあざも消えないんだもん。楽しくもないわよねえ」
「あたし、反省してる。何もできなかった。本当ごめんなさい」
何を言っているのか。母が謝るところなど、どこにもないであろうに。
日々呑みたくないハゲと顔を合わせ談笑しつつ朝には疲れ果てている。
預金通帳に頭を抱え月々支払う借金の欠片。さらに僕の養育費だって。
身も心も壊れそうなのは母ではないか。謝るのは僕のほうだろう。
「生まれてきて」言葉にしそうになったが、僕は押し留めていた。
「いいんだ。僕は強いから。この母親にして、子ありなんだ。どう?」
「それに、まずいと思ったら言うって言ったでしょ。僕まだ余裕だよ」
ごめん。ごめん。謝る母を僕は見ていられなかった。怒りがわいてきた。
当然自らに対してだった。ああ、どうして涙させねばならないのか、と。
「ご飯でも、食べに行こっか。あんまり、高いのは勘弁して」
ようやく泣き止んだ母は、僕の手を取り、明るい声を出して言った。
うん。僕は微笑し、そう言った。いつまでも泣かせてはおけないし。
それに、僕はいい男になるらしいのだ。もてるまで、とても死ねない。
そんな僕もそろそろ中学生である。ぴかぴかではないのだが。
立派な服に袖を通し心から喜んでいた僕を嬉しそうに見ていた。
しかし母はあの日以降から少し気弱になってしまったと思った。
「それじゃあ、行ってきます」
「ごめん。仕事だから、行けないの。写真は買うから、言って」
「うん。できるだけ多く写れるようにするよ。頑張ってみる」
何を頑張るのよ。そう言って笑ってくれるだけで僕は幸せだった。
人を泣かせたり悲しませたりする男などは、いい男ではないのだ。
そしてやはり気になるのはクラスである。彼女と同クラスだった。
彼女の姿を探すと、目があった瞬間には背を向けられていた。
ううん。落胆してみるも、いつものことだよなあ。そう思った。
色々な小学校から集まった彼らは、異種交流会のようであった。
無論僕は異種の中の異種であるので交流などできはしなかった。
そんな僕は不幸中の幸いを手に入れた。
あと 18144000 秒です。
ニア ・おわる
他人の印象とはそれまた違う他人の印象となり得るのである。
結論から言うと、いじめと呼ぶべきものは殆どなくなったのだ。
小学校の同級生が「あいつ気味悪い」と話していたそうなのだ。
それは連鎖し尾ひれまでつき、僕を敬遠するようになっていた。
それを教えてくれたのは中学三年生になった時の国語教師であった。
そんなわけで僕はまあいじめられることも構われることもなくなった。
なんだか寂しいが昔よりずっとましな生活をしているとしみじみ思う。
その時になればもう既に母は再び活気を取り戻していた。香水くさい。
それを告げると「石鹸の匂いさせてる女よりずっとましよ」と言った。
男が好きな匂いをつけるより自分の好きな匂いをつけていたいらしい。
ここからさらに母の饒舌ぶりは加速していく。
だが納得である。好かれようとするより、凛としている方がかっこいい。
そんな母の姿を男性は誉めそやすのだからそれは確かにそうなのだろう。
「あたしあんたみたいないい男と結婚したいわ」と続けてとんでも発言。
「近親相姦。吐き気がしてくる。でも、あんた後三十年でもてるわよ」だ。
人生を二倍し、プラス五年でようやくもてだす僕の人生はなんなのだろう。
人生は難しいものであると悟った十五の夜であった。
さて近親相姦はどうでもいいので本題の国語教師の話である。
クラスで浮いているやらを気にして帰りにご飯に誘ってくれたのだ。
「誰にも言うんじゃねえぞ」と念を押され、僕は笑って頷いていた。
「お前は、よく死んでねえよな。俺だったら、死にたいと思う」
ラーメン屋について開口一番にこれである。教師を疑うほどだった。
「お前にチャーシューテロしてやる」と大量にトッピングを貰った。
油しか浮いていないラーメンを啜りながら先生は美味そうに言った。
「そういえば、お前。同じクラスの。誰だっけ。あの美人だよ」
「なんだっけなあ。足細くてきれいだよなあ。太ももすげえわ」
「それに頭いいんだぜ。ううん。ああ、結婚。できねえかなあ」
本当に教職員なのだろうか。担当クラスの生徒の名前は覚えてほしい。
恐らく彼女の事なのだろう。名前を告げると思い出したように言った。
「お前。あいつと仲いいんだろ。あいつ、普段なにしてんだ?」
「わかりません。ええと、もう一年以上話していないんですよ」
それを聞くと、気管に詰まらせたのか、げほげほと咳をしていた。
何がおかしいのか。ううん。先生の意図が分からず、聞いてみた。
「まあ、小学校から中学校に入るとき、子供の話とか、聞くわけよ」
「交流会みたいなもんだな。この辺の小学校教師とは、懇意なんだ」
「で。お前が入ってきて、俺は気になった。ああ、いじめかよ、と」
いじめかよとは率直だが間違っていないので何も言えない僕だった。
「ああ、んでな」と話を続ける先生に耳を傾けながらも頷いていく。
「仲いいって聞きゃ、あいつだ。だからあいつにお前の事を聞いた」
「するとだ、頬染めて、いらんことまでべらべら喋りやがるんだぜ」
意味がわからない。それだと彼女が僕に好意を抱いているようではないか。
あり得ない。僕がそう呟くと彼も同意していた。人に言われ少し傷ついた。
「ああ、で、まあお前の事は今日わかった。問題は次だ。あいつだ」
「あいつ。毎日毎日、どこほっつき歩いてるか、本当に知らないか」
「これは、親に聞いた話だ。言うなよ。あいつ、毎日遅く帰ってきやがるらしい」
「毎日毎日。休みの日だろうと学校だろうと、病気だろうと構わずにな。毎日だ」
「まあ、あの顔だ。男がいてもおかしくない。が、誰からもそんな話は聞かない」
それを聞いたとき、僕は思った。あのマンション。あそこなのではないか、と。
だが。病気であろうと毎日。それは、日課の域を遥かに超えているではないか。
はっきり言って、異常だ。何が彼女をそうさせる?狂っているとも言っていい。
「男ってのは、お前かとも思った。が、違う。なら、誰だ。何をしに何処へ行く?」
「何回か、後をつけてみたらしい。どうにも、気付かれて途中で撒かれるんだとよ」
「人を撒きまでして、病気だろうと何処かへ通う。わけがわかんねえ。意味不明だ」
背筋に薄ら寒いものを感じた。あの彼女が成し遂げようとしている事がわからない。
彼女は何を隠している?どうしてそのような事をするようになったのか。いつから。
いつから。そうだ。彼女が変わったのは、僕のせいなのではないか。そう直感した。
もし。
自意識過剰ならそれでいい。でも、そうではなければ、何がある?
思い出せ。変わる前の日の事を。彼女は僕に、何と言ったのかを。
そして、僕は彼女に、なんと言ってしまったのかを。何もかもを。
『―――――なら、人生をやり直せたら、だなんて。思わないかしら』
「先生」
「何か思い出したか」
「笑わないで聞いてほしいんです」
先生は驚いているようだった。僕の雰囲気が変わった事に勘付いたのか。
低い声で「ああ。絶対だ」そう言い、ゆっくりと思い出し、声を出した。
「都市伝説を、知っていますか」
僕はこれまでの事を彼に語った。概ね人生の半分くらいのことだろう。
あの豪邸の事も。部屋の事も。人生を三回やり直せる部屋の事も全て。
「………」
関連性があるかどうかは分からない。けれど、これが唯一の情報だった。
僕の表情に釣られてか、突飛な話を真面目に聞いてくれているようだ。
「なら、お前が言いたいのは。あいつが、人生やり直そうとしてる、ってか」
「それに、都市伝説のマンション。情報とは合致する。そういうことだと?」
「そうかもしれない、という話です」
「場所は、覚えてるか。豪邸はいい。関係あるかは分からないからな」
「マンションですか。覚えています。今も、前を時折通っているので」
「そうか。住所分かるか?いや、いい。お前は、行ってみる気あるか」
人生を三回やり直すことのできる部屋。そこに僕が行く。存在するのか?
だが。豪邸だ。異常な部屋が一つあれば、二つあってもおかしくはない。
「行きます。僕も、彼女が気になるんです。どうしてでしょうか」
「そりゃ、惚れてるからじゃねえのか。幼馴染なら、初恋とかよ」
「初恋。いまいち、今の僕にはぴんと来ないなあ。どうなのかな」
「案外、小さい頃に約束した、とかよ。ベタなの、あるかもだぜ」
「僕の顔を見てください。そこから答えは察していただきたいな」
ああ、お前のどうだへったくれはどうでもいいからよ。なんだか酷い。
制服で行くのはまずい。休み、お前時間あるか。暇だろ。ひどすぎる。
分かりましたと僕は頷き週末の午前十一時に駅前で待ち合わせをした。
「じゃあ、週末に。今日はごちそうさまでした」
そんなわけで彼女を気にしてはみたがいつも通り避けられる。
昔より避ける能力があがっているようにすら思える。上達なのか。
学校が終わると、すぐに、今日もそそくさと教室を後にしていた。
そして僕は自動的に人に避けられる。これは天然ものだと言える。
「お前。役にたたねえな。すげえぞ。そこまで行くとそれしか言えねえ」
「ありがとうございます。ご飯いただきます。美味しそうですねえこれ」
午前十一時に着くと「美味い飯連れてってやるよ」と言われ着いていった。
僕は目を輝かせながらついていくとファミレスであった。期待してたのに。
しかし美味しい。母の料理の方が美味いが、これもこれで非常に美味しい。
「すっからかんだ」
先生が二人で約三千円と少しの会計を終え、財布を見て彼も落胆していた。
「教師って給料どうなんですか」尋ねると「転職したい」そう答えていた。
僕は教師になるのはやめた。それでなくても、頭はずいぶんと悪いからだ。
「腹も膨れただろ。今日の給料だ。しっかり働けよ。じゃなきゃ、俺が怒られる」
そりゃあ学校でも圧倒的なくらいな才色兼備の彼女がろくでなしになれば怒られる。
彼は自らの立場も危ぶんでいるようだが同じく心配している様子も少し察していた。
「わかりました。ええと、こっちです」
まあ道は何度も通っているので覚えている。それでなくても狭い田舎だ。
「ここです」と言うと、怪訝そうな目を向けてきた。間違いないのに。
普通に下で管理人さんが掃き掃除をしていた。都市伝説とは思えない。
下のポストの表札を確認してもそれらしき記述はない。どこだろうか。
「どこだよ。まずは二階からあたってみるか?ああ、二階だ二階」
「待ってください。多分。六階じゃないかなあ。わからないけど」
直感だった。直感。そうだろうか。分からない。何の気なしに押した六階。
「まあいいや」と呆れる先生を横目に僕は心の何処かで確信していたのだ。
「ええと。ここの奥。角部屋。七号室。そうだと思うんですけれど」
「お前。来たことあんのかよ。それなら先に言ってくれよ。頼むぜ」
僕はここに来たことがない。それは確かだ。なのに、どうして分かる?
チャイムを鳴らす。鳴らない?壊れているのだろうか。ドアノブを捻る。
「おかえりなさいませ」と絵に描いたような老齢の執事がそこにいた。
おかえりなさいませということは、室内で営業している店なのか?
テレビで見たことがある。執事喫茶のようなところなのだろうか。
「はじめてですか」と問われ、先生は「そうです」と答えていた。
「なら、奥へどうぞ。ご案内いたしますので」
「で。ええと。ここは、何か販売していらっしゃるお店なのですか」
先生が言った。入ってみると普通の一般家庭のような内装であった。
椅子がありテレビがあり、キッチンもあるし、何一つも普通である。
「売っている。そう言えば、そう、でございますな。確かに。ええ」
ああ、少々お待ち下さい。ただいま、お飲み物をお持ち致しますので。
そう言われ執事は花がらのエプロンをつけながらコーヒーを入れている。
なんだか旦那様や坊ちゃんとやらになった気分だ。懐かしい気分だった。
懐かしい?
そう言えばそう。という執事のニュアンスは、どういう意図なのだろう。
なんだろう。形ないものを売っているような。そういえば、この部屋は。
そうだ。人生を三回やり直すことのできる部屋。そのはずだったのだ。
なら。
コーヒーでよろしかったですよねえ。彼は僕にコーヒーを置いた。
そして先生にはお茶でよろしいですか?そう問い、お茶を置いた。
先生は静かに言った。率直に尋ねていた。ここはなんですか、と。
「ここは、人生を三回やり直すことのできる部屋でございます」
「言葉は悪いのですが、どうにも。その。なんといえばよろしいか」
「ああ。確かに、信用できないのも、無理はございません。ええと」
「証拠をお見せすることはできませんで、大変申し訳ございません」
その代わり。そう前置きして、執事はひげを触りながらこの部屋の説明をした。
半信半疑でお聞きください。そう笑っていっているあたり、逆に信憑性がある。
・この部屋で人生を三回やり直す契約をすることができる
・やり直す契約をした前日までしか、人生をやり直せない
・三回目の人生の選択でその人の人生は確定されてしまう
「契約と言っても、口頭ですので。法的義務は課せられませんよ」
「ついでに言うと途中で自殺した場合は強制リセットになります」
「さて、やり直す際にはいくつかの選択をしていただけるのです」
「内容は至って簡単。どれを選択していただいても、構いません」
「ああ。当然。お金はいただきません。無償奉仕ですので。ええ」
彼はそう言って小さなホワイトボードに文字と絵を書きだした。
これは、どこかで見たことがある。このシンプルすぎる三択を。
そう、これは、あの部屋だ。
ニア・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム
「こう言った具合に人生の難易度を選択することができるのです」
「ニューゲームは、全くのランダム。第一周と同じかもしれない」
「が、そうでないかもしれないのです。そして次。一つ下ですな」
「これは前世。つまり、前回の記憶を引き継いでやり直せますな」
「最後。よわくてニューゲーム。これを選択する方は、いません」
「………」
「いえ、いらっしゃいました。過去。懐かしいことでございます」
「………」
「さて。あなたがたは、どのような選択をなされるのでしょうか」
「ありがとうございました。では、最後に。この女生徒を御存知ですか」
先生はうんざりしたように頭を掻き、彼女の写真を取り出し問い詰めた。
しかし「守秘義務」という言葉を盾にされ、しぶしぶ帰るしかなかった。
「なんだ、あれ。頭。おかしいんじゃねえのか。やばいぜ、あれはよ」
「でも、不思議な方でしたねえ。僕は、なんだか、信じちゃったなあ」
「やばい薬でもやってるのかもしれない。こりゃあ、骨が折れそうだ」
もう、お前は、あそこに行くんじゃねえぞ。僕は、駅で彼と別れた。
僕はすぐに踵を返し、あのマンションに向かっていた。なぜだろう。
「またお帰りになられると信じておりました」
「すみません。何度も何度も。先ほどは、ありがとうございました」
「いいえ。恐らく、お尋ねになりたいことがあるのでしょう」
「わたくしの答えられる範囲でございましたら、お答えいたします」
今まで読んできたSS中で
一番面白かった!!!!!
ありがとうございました!!