王「よくぞ もどった!」
王「ではゆくがよい! ゆうしゃよ!」
勇者「……」
勇者「えっ?」
戦士「この戦いも大詰めだな! 後は魔王を倒すだけだ!」
賢者「今の私たちであれば、勝機は十二分にあると思われます」
僧侶「気を引き締めていきましょうね、勇者様!」
勇者「みんな」
勇者「何を言ってるんだ」
勇者「魔王はもう倒したじゃないか」
戦士「ああ? 何を寝ぼけてるんだ勇者!」
賢者「夢ですね。しかし口に出しても現実のなんの足しにもなりませんよ」
僧侶「でも決戦前夜に魔王を倒す夢をみるなんて縁起がいいですね!」
勇者「待ってくれ」
勇者「ちょっと混乱してる。整理させてくれ」
勇者「冒険の書は……」
戦士「おいおい、そいつを確認しないと今日の日付けもわかんねーのか!」
賢者「決戦前で気持ちは分からないでもないですが、勇者さんらしくないですね」
僧侶「み、皆さん、最後の戦いの前なんですよ? 誰だって緊張くらいしますよ!」
勇者「……そう、最後の戦いの……前……」
勇者(冒険の書は、魔王城突入前で終わっている)
勇者(だけどオレには間違いなく、この手で魔王を倒した記憶がある)
勇者(これは一体……)
支援
【宿屋】
勇者「ちょっと賢者」
賢者「はい」
勇者「突然ですまないけど……『時の砂』という道具は、時間を巻き戻すんだってな」
賢者「はい。ただその存在はあくまで文献によるもので、この世界には現存しないはずです」
勇者「賢者の読んだ文献の範囲でいい、その時間ってのはどのくらい巻き戻すんだ?」
賢者「そう長い時間は巻き戻せないようです。ある本では魔物との一戦ほどとありました」
勇者「そっか……。ちなみに賢者」
賢者「はい」
勇者「なんていうか、時間が丸一日以上さかのぼるような呪文なんてないよな?」
賢者「はい。ラナルータの昼夜逆転は半日を往復するのでそれ以上は伸びませんし――」
賢者「パルプンテの効果でもそのような実例は聞いたことがありません。ただし唱えた後に何の効果もなかった場合」
賢者「実際は時間が巻き戻っていながら、術者が知覚できていないというケースは考えられなくもありません」
勇者「……まぁでも、パルプンテは戦闘中しか唱えられないし、あくまで戦闘にしか影響を及ぼさない呪文だよな」
賢者「はい。私の知る限りでは」
勇者「……」
戦士「なぁ勇者、どうしちまったんだよ!」
勇者「……そうだな。戦士たちからみればオレだけがどうかしてるように見えるんだよな」
賢者「そろそろ説明してくれませんか? 時間の大切さはあなたがよく分かっているはずです」
僧侶「勇者様……」
勇者「分かった。整理がついた」
勇者「まず前提として、これから話すことに一切の冗談はないことを信じてくれ」
戦士「おー勇者がそうやって勿体ぶるたぁ相当だな!」
賢者「意味のある前提と取っていいんですね」
僧侶「ここまで来たんですもの、いまさら勇者様を疑ったりしません!」
勇者「ありがとな。で、さっそく本題なんだけど――」
勇者「なぜか今のオレには、これから倒しにいくはずの魔王を、すでに倒した記憶がある」
勇者「その後訪れた平和な世界も、一時だが過ごした記憶がある」
勇者「分かりやすく言ってしまえば、時間が巻き戻ってしまっている」
戦士「そりゃーおめー勇者! さすがにすぐにゃー信じらんねーよ!」
賢者「非常に興味深い話ではあります。真実であれば」
僧侶「じ、時間が巻き戻るなんて恐ろしいですね……。魔族の仕業なのでしょうか?」
勇者「まったく分からない。分からないが、今話したことを擬似的に確かめる方法はある」
賢者「でしょうね。もし本当に時間が巻き戻っていることを知っているなら」
戦士「どういうこと?」
賢者「つまり、勇者さんはこの先起こることを全て知っているわけですよ」
勇者「オレの体験した出来事だったらな」
戦士「ふーん? てことは?」
僧侶「じゃ、じゃあ平和を取り戻したあとのことも?」
勇者「少しだけな。まぁとにかく、今は目の前の魔王相手にだな」
戦士「なるほど俺にも分かってきたぜ。くらえ勇者!」
勇者「あいた何をする!」
戦士「あれー勇者おまえ先のこと予知できるんじゃないのか?」
賢者「ちょっとかしこさ足りない人はおとなしくしててください」
勇者「まず『魔王城の構造』だ。簡易マップを書いてみよう」
勇者「最初に門を入って……小部屋……階段……宝物庫……大広間……」
戦士「ほえーさすが勇者だな! これ全部本当かよ!」
勇者「仮にもパーティーを率いる長だからな。一度歩いたダンジョンの土地勘くらい強くないと」
僧侶「そんな勇者様だから、みんな安心してついていけるんですよっ」
賢者「……なるほど、やはり城内すべてを練り歩いたのですね」
勇者「もちろんだ。ダンジョンをしらみつぶしに探索しないヤツなんて冒険者じゃない」
賢者「探索後、魔王城から出ることはできなかったのですか?」
勇者「いやできたはず。でも欲をかいて開けてしまったんだよな、最後の扉を」
戦士「魔王が待ち構えてたんだな!」
勇者「さすがに逃げられなかったから戦った。結果は勝ち。大接戦だったけどな」
賢者「そのあとは?」
勇者「あとは……城に戻って……王に謁見して……。……すまない、そこからはよく憶えていない」
僧侶「そ、その後が肝心なんですが! 平和になって勇者様はどうなったのですか!」
勇者「な、なんだよ。だからよく憶えてないって」
賢者「宝箱の中身は?」
勇者「呪われた武具と回復アイテムがいくつか。うちわけはこんな感じだ」
戦士「なんか中身が分かると興ざめだぜ!」
商人「ミミックも混じってるじゃないですか。中身を知っている方が回収効率がいいでしょう」
勇者「そうだな。オレの記憶だと戦士はザキで二回死んだ」
戦士「マジでか!」
僧侶「ということは私が二回生き返らせたんですね! 戦士さん感謝してくださいねえっへん」
戦士「マジか! ありがとう!」
勇者「まぁ中身を見る限り、最低限必要なアイテムは宝物庫に寄るだけで事足りる」
賢者「となると最短ルートはこう、こんな感じですか」
勇者「そんな感じだが、ただ今回は確かめたいことがあるから、宝箱はすべて回収する」
賢者「確かめたいこと?」
勇者「まぁそれはおいおい話す。とにかく魔王城内のマップについては以上だ」
勇者「こいつをしっかり頭の中に入れといてくれ、戦士」
戦士「あーっまた俺だけバカ扱いしやがって!」
勇者「次に、出現する魔物だ。絵は苦手だけど」
勇者「こんなのとか、こんなのとか、こおんなドラゴンが出る」
戦士「うわ絵へてぇ!」
僧侶「でも可愛いですねっ! 特にこれとか!」
勇者「そいつはイオナズンを連発してくる」 僧侶「えっ」
賢者「どれも外見は今まで見たことがあるモンスターばかりですね。上級亜種ですか?」
勇者「待ていま色をつける」
賢者「あっいえ結構ですインクの無駄です。確認したのはこの数種類だけですか?」
勇者「ああ。でもあの時はしらみつぶし態勢だったし、これで全部だと思う」
勇者「で、特に注意すべきモンスターはこいつとこいつと……全部だな。さすがに最後のダンジョンだ」
勇者「ただ何を仕掛けてくるかは分かっているから、最初から対策ができる分だけマシだろう」
戦士「というか勇者の絵が下手なおかげで、ずいぶん楽な相手にみえるな!」
僧侶「和みますね!」
勇者「こいつら凶悪なんだぞ。実物見てショック受けても知らんぞ」
賢者「勇者さん、次は魔王についてお願いします。ちなみに絵は変に手ごころ加えなくて結構ですので」
勇者「これが魔王だ」
戦士「Oh……」
勇者「そしてこれが魔王の最終形態だ」
僧侶「わあ……」
賢者「それで攻撃パターンは?」
勇者「最初は二回行動だ。通常攻撃、ブレス攻撃、上級呪文、いてつく波動をじゅんぐり」
勇者「最終形態は三回行動。やることは大して変わらなかったが、技の威力が強くなっている」
賢者「さすがに魔王ですね。本気でかからなければ」
勇者「あっちょちょ待てなんでしれっと絵を消す」
戦士「でもよ、こんだけ素性が丸ハダカにされりゃ魔王も楽勝だろ!」
僧侶「そうですねっ、それに加えて勇者様の的確な指示があれば恐いものなしです!」
賢者「まぁ勇者さんの言うことが正しければ、ダンジョンを探索し尽した状態でも倒せちゃったようですし」
勇者「ああ。とりあえず魔王はなんとかなるんだけどな」
賢者「例の時間の巻き戻しですか」
勇者「そうだ。それだけが気がかりなんだ……」
勇者「じゃあ今から魔王城まで乗り込むけど」
勇者「今回は宝箱を回収しきった時点でいったん引き返す」
戦士「なんで!?」
勇者「宝箱が置かれてるなら貰っておく。その上で、魔王戦は万全の状態で臨みたい」
僧侶「魔王戦……私たちにとっては未知の最終決戦なんですよね……」
賢者「探索の他の目的は何ですか? 先ほど勇者さんは確かめたいことがあると言ってましたが」
勇者「その時になったら話す。今はとりあえず魔王城攻略が成功してからだ」
賢者「分かりました」
戦士「装備は今使っているやつでいいのか?」
賢者「呪文の作戦はどうしましょうか?」
勇者「適当で大丈夫だ、なんとかなる。正確にはなんとかなった」
賢者「前の記憶の突入時刻なんかを合わせたりはしないのですか?」
勇者「しなくていいや。欲をいえば自分の体験を丸々再現できれば少しは楽なんだろうけど、そりゃほぼ不可能だしな」
戦士「よーしなんかよく分からんがいよいよだな! なんか張り切ってきたぜ!」
僧侶「みんなで頑張りましょうねっ」
【魔王城城門】
戦士「おーっし城だ! 入城だ!」
僧侶「禍々しい魔力が溢れています……皆さん気を付けてくださいね」
勇者「……」
賢者「どうですか勇者さん」
勇者「とりあえず間違いなく、この門には既視感がある」
賢者「では例の可能性は」
勇者「まだ分からないさ。よし、乗り込むぞ」
戦士「門は任せろ! オラオラ開けこの!」
魔物『ガーッ!!』
戦士「どうわっ! いきなり魔物の群れぐはっ」
勇者「右のヤツを殴れ! 僧侶は回復! 賢者は補助を!」
僧侶「ゆ、勇者様の絵とぜんぜん違う! ぜんぜん違います!」
勇者「いや……似てる!」
賢者「僧侶さん回復早く!」
【魔王城内】
――
勇者「……やはり……」
賢者「勇者さんが書いたものとほとんど同じでしたね。地図は」
戦士「マジかよ! やるじゃねーか勇者!」
僧侶「ということはやっぱり、勇者様は本当に一度魔王を倒しているのですね!」
勇者「ああ、そうらしい。……」
賢者「次の小部屋の宝物庫で、探索はいったん終了ですね」
戦士「おー山ほど宝箱あるじゃねーか! どら!」
賢者「あ待ってくださいその宝箱は」
たからばこは ミミックだった!
ミミックは ザキをとなえた!
せんしは しんでしまった! ▼
勇者「あーもう余計なことだけ再現しやがって!」
僧侶「い、今生き返らせます!」
勇者「いい! 先に片付けるぞ!」
――
勇者「……この扉の向こうが、魔王の間だ」
戦士「まおうのま……ふっ!」
僧侶「す、凄まじく強大な魔力を感じます……」
賢者「でも勇者さん、今回は」
勇者「分かってる。魔王め、そこで大人しくしてろよ」
ゆうしゃは リレミトをとなえた! ▼
戦士「で。どうすんだ」
勇者「とりあえず宿屋に泊まろう。魔王は明日倒す」
僧侶「明日……」
賢者「ところで勇者さん、確かめたいこととは結局なんだったのでしょうか」
勇者「ああ、忘れていたわけじゃないけど、先にそっちの用を済ませておくか」
戦士「用って?」
勇者「『冒険の書』だ。王のところへ行くぞ」
【王の間】
――
王「――そなたらの たびのせいかを この ぼうけんのしょに きろくしても よいかな?」
勇者「はい」
王「……」
王「しかと きろくしたぞよ」
王「どうじゃ? また すぐに たびだつ つもりか?」
勇者「はい」
王「では ゆくがよい! ゆうしゃよ!」
戦士「前から思ってたけど、わざわざ王様の前でコレ記録するのになんの意味があんのかねえ!」
勇者「えっ?」
戦士「だってそうだろ? そんなもん俺らで勝手に書けばいーじゃん!」
僧侶「儀礼的な様式美ですよっ。今までだって欠かさずやってきたことでしょう?」
賢者「まぁ無骨で大ざっぱな戦士さんには縁遠い話ですが」 戦士「なにおう!」
勇者「…………」
早くしてくれ風邪引くぞ
【宿屋】
勇者「――明日は魔王との決戦だ。このあとはしっかり休んでくれ」
戦士「分かったおやすみ!」
勇者「あっ、待……たなくていいや戦士だけは。おやすみ」
賢者「妥当な判断です。では本題に入りますが」
賢者「結局今日の一連の行動はなんだったのですか? 私には分かりかねましたが」
勇者「それは……これまた突飛な話になるけど。冒険の書だ」
僧侶「冒険の書? どういうことでしょうか?」
勇者「仕掛けはよく分からないが、おそらくこの冒険の書は」
勇者「オレが体験した時間の巻き戻しに関係している」
賢者「どうしてそう思うのですか?」
勇者「明確な根拠は二つ。前の記憶では、魔王を倒したあと冒険の書が一度も更新されなかったこと。と、」
勇者「自分が巻き戻しによって送られた時間が、最後に冒険の書を記録した瞬間だったことだ」
僧侶「そ、そうなんですか?」
勇者「ああ。偶然にしてはできすぎだと思ってな」
賢者「冒険の書とはそれほど大層な代物なんでしょうか? 単なる日記帳みたいな認識でしたが」
勇者「オレも最初は同じだったさ。だけど気になりだしたら止まらなくなってな」
僧侶「か、仮に時間の巻き戻しに関わりがあるとしたら……その冒険の書の正体は……」
勇者「それまでの時間を刻み、その時点を巻き戻しの着地点にするという、とんでもない代物だ」
勇者「名づけるなら、賢者なら何て呼ぶ?」
賢者「……時の……保存書。でしょうか」
僧侶「時の保存書? 今まで当たり前のように使ってきたそれが、ですか?」
勇者「ああ。時間を保存するアイテム。そう考えると一番しっくりくるんだ」
賢者「……その仮説が正しいとして、最後に時間を保存したのはつい先刻になりますね」
勇者「そう。魔王城攻略後、魔王討伐前。ここだ。真の決戦前夜だ」
賢者「ようやく私にも、勇者さんが確かめたいことの意味が分かりました。もし本当に冒険の書がカギならば」
賢者「これからさき再び巻き戻しが発生した場合、その巻き戻される時点は」
賢者「最初に勇者さんが記憶の食い違いを自覚したという時点よりも、後とということになるというわけですね」
僧侶「ええっと……は、はい、なんとか分かりました?」
勇者「僧侶でこうなら戦士は頭爆発してるな」
僧侶「で、でも勇者様」
勇者「ん?」
僧侶「『時の保存書』が本物なら……魔王を倒した後にでも、記録を残せばいいだけじゃないですか?」
賢者「もっともな意見ですね。その時点その時点をこまめに刻めば、巻き戻されるリスクも少なくなります」
勇者「……それは……」
僧侶「な、何か不都合があるのでしょうか?」
勇者「……よく憶えていないけど、それは無理だった気がする」
賢者「何がですか?」
勇者「魔王を倒した後は、記録の保存は無理だ。なぜなら……」
勇者「なぜなら……。……すまない、思い出せない。前の記憶では、何かが起こったんだ」
僧侶「な、何かとは何でしょう?」
勇者「それが思い出せない。何か……オレにとって、とても恐ろしいものだったような気がする……」
賢者「どうも不確定要素が多いですね」
賢者「この際だからはっきり言いますと、私はまだ勇者さんの話を信じ切れていません」
僧侶「ちょ、ちょっと賢者さん?」