「なにをするつもりだったんですか?」
「知人に連絡して、遊びに誘ったりするつもりだった」
「断られますよ、そんなの」
「そうなれば尚良かった。お前傷つくだろうし」
「……そうですね。効果覿面でしょう」
「お前が人に会いたくなくて外に出たくないなら、
俺はお前を人に会わせて外に出そうと思ったんだ」
「間に合ってます。もう外に出てますし、
現にこうしてくもりぞらさんと会ってるんです」
「じゃあそれを継続しよう」と僕は提案します
提案と言うか、もう決定なのですが
青空はお酒が飲みたいそうなので
僕は青空を喫茶店に連れて行きました
エスプレッソをふたつ注文します
「私コーヒー苦手なんですよ。にがいから」
「知ってる。ウィスキーは飲めるのに、変な話だ」
「コーヒー、毒みたいな味するじゃないですか」
「毒を飲んだことがあるような口ぶりだな」
「ええ、他人の体を使って、ですが」
僕が何も言わずにいると、青空は
「冗談でしたー」と言って微笑みます
冗談にしても分かりにくいし、何より面白くありません
僕が机の上に広げた参考書をのぞきこみ、
青空は不思議そうな顔をします
「勉強するんですか?」
「ああ。試験が近いんだ」
「そっか……そうなのか。私も勉強しよう」
青空は鞄から速読英単語を取りだします
それを見た僕は、なんだか懐かしい気分になります
運ばれてきたコーヒーに、砂糖をたっぷり入れ、
おそるおそる口をつけた青空は、「にがいー」と顔を歪めます
「ちなみに私は、標的を見逃してから、
一週間くらいで能力を失いましたよ」
勉強を始めて二時間ほど経ったところで
青空が伸びをしながらそう言いました
「関係ないな。別に見逃したつもりはないから」
「傍から見ても、そう見えますかね?」
「ああ。どう見ても標的を狙う殺し屋だ」
「ふうん」青空はつまらなそうに言います
「それはそうと、勉強、はかどりますね。
なるほど、ここは勉強するのに良さそうです」
「なんてこった」と僕は言います、「勉強はやめにしよう」
映画館に入った僕たちは、階段を下りていきます
「たしかに勉強には向かない場所ですね」
青空はきょろきょろしながらそう言います
連日の試験勉強で睡眠不足だった僕は
映画が始まって数分で眠ってしまいます
目を覚ますとほとんど映画は終わっています
登場人物たちは何かに感動して泣いている様子です
勝手に盛り上がってるんじゃねえよ、と僕は思います
「どんな映画だった?」と僕が聞くと
「殺人犯が酷い目にあう映画」と青空は答えます
映画の製作者もがっかりしていることでしょう
「映画もドラマもそうですけど、人を殺した罪人って、
大抵、なにがあろうと、最終的には死にますよね」
「『人を殺すような奴は死んでしまえ』ってことだろう」
僕はくしゃみをしてから言います
「そういった意味での公正さを、人は求めてる」
「たとえ改心したとしても?」
「やっぱり、一度でも人を殺したような奴は、
たとえその後で聖人みたいになったところで、
どこか安心できないところがあるんだろう」
「私たちは死んだ方がいいってことですね?」
「つまりはそういうことなんだろうな」
「なんだかそういうのはわくわくしますね」
前を歩く青空は、映画館出た後、振り返ってそう言います
「ここに生きているべきでない若者がふたり」
「なにがどう、わくわくするんだ?」
「あおぞらとくもりぞらですしね」
そう言って青空は僕の顔をのぞき込みます
何か言いたげな笑みを浮かべています
僕はなにか意地悪なことを言ってやろうとして
そのとき、不意に、「のぞかれた感じ」がしました
のぞかれた感じ。
「青空」僕は早口で聞きます
「一度、俺に遺書を直させようとして、
ものすごい力で抵抗したことがあったよな。
どうすればあれほどの力で抵抗できる?」
青空は「それはですね」と言いかけた後、すぐに勘付き、
「もしかして、のっとられてます?」と聞いてきます
「いや、まだ大丈夫だけど、一瞬、覗かれたような感じがした」
「ああー。あれ、確かに覗かれてる感じしますよね」
青空はなぜか、はにかむように笑います
「ついにあなたも標的になっちゃったわけですね。なかまー」
「まだ決まったわけじゃない。俺の気のせいかもしれない」
「でも、仮に狙われ始めているんだとしてですよ、
なんで私より先にあなたを狙うんでしょう?
前回の経験から言うと、先に私を殺すはずなのに」
「俺もそう思ってたんだが、考えてみれば、今この場には、
『死ぬべき人間』が二人そろってるわけだ。つまり――」
「つまり、『お前を殺して俺も死ぬ』の形式が、
いちばん手っ取り早いということですね」
納得したように青空がうなずきます
「相手の人、良い判断なんじゃないですかね。
私と違ってくもりぞらさんは操られるの初めてだから、
うまく抵抗することができないでしょうし。
そっかー、私はくもりぞらさんに直接殺されるのか」
「さっさと言え、どうすれば操作に抵抗できる?」
青空はそっぽを向いて、つんとした態度で言います
「教えてあげません。教えて欲しそうだから」
僕たちはちょうど、街の広場に着いたところでした
木陰に入ったところで、僕は青空の後ろに回り
青空の細くてひんやりした首に、右腕を巻き付けます
青空は力を抜き、黙ってそれを受け入れます
”気をつけ”の姿勢のまま、後ろの僕に体重を預けます
僕の腕は少しずつ青空の首を絞めていきます
体を乗っ取られるのは初めての経験でした
あまりにも違和感がなくて、最初は自分の意思で
自分を動かしているかのような錯覚を受けました
おそらく今僕の脳は、「腕が動いたということは、自分から
腕を動かそうとしたということだ」と解釈しているのでしょう
青空の首に絡み付いた僕の腕に、徐々に力が入ります
やむを得ないと思い、僕は青空の体を乗っ取り、
自分(曇り空)の体を突き飛ばそうとします
しかし、僕と違い、青空には抵抗ができます
僕の操作に逆らって、一歩も動こうとしません
なるほど、青空は本当に僕に殺されたいようです
ですが、その抵抗から、僕はなんとなくヒントを得ます
青空の体がぐったりしてきたあたりで
僕の腕は徐々に青空の首から離れていきます
青空は僕の腕をすり抜け、地面に倒れます
無理に操作に逆らった僕の腕は
いったん全体の皮膚をひっくり返されて
硬いもので万遍なく殴打されたように痛みます
両手が自由に動くことを確認すると、僕は
眠そうな目で僕を見上げている青空に話しかけます
「つまり、『操作に抵抗しよう』とするんじゃなくて、
『操作の上書きをしよう』とすればいいってことか」
青空は不機嫌そうな顔で、小さな咳をします
「惜しかったなあ。気付くの早すぎですよ」
引き込まれる
一気に読みたいぜ
「もしかすると、もとから知ってたんですか?」
「いや。俺の操作に、お前が抵抗する感じを参考にした。
操りながら操られることで、とても効率良く学習できたらしい」
「なるほど……とは言え、体、めちゃくちゃ痛むでしょう?」
「ああ。自分が何しゃべってるかわからないくらい痛む」
「私もです。おまけに頭はくらくらするし。暑いし。
くもりぞらさん、私、首の汗ひどかったでしょう?」
「べつに」
「ひどかったんです。ああ恥ずかしかった」
どうでもいいことばかり気にする女の子です
「さてと」、僕はしゃがみこんで青空の顔をのぞきこみ、
目をそらした青空の頬を強めに引っぱります
「いたいいたいー」と青空は気の抜けた声で言います
「なあ、なにが『教えてあげません』だよ?」
「あなたのまねです。ざまーみろ」
「しかも俺の操作に抵抗しやがった」
「おかげでコツを掴めたんでしょう、良かったですね」
僕は立ち上がろうとして、後方にバランスを崩し、
手をついてその場にへたりこみます
その拍子に、地面にあった枝で手を切ってしまいます
まあいい、と僕は気にせず放っておきます
僕たちはびっくりするほど体が動かなくなっていて
立ち上がるだけで汗だくになりました
石畳からの照り返しが暑さに拍車をかけます
芋虫みたいな速度で涼を求めて歩きます
広場の噴水のふちに腰掛けようとしたとき
僕は勢いあまって水の中に落ちました
腹筋に力が入らないとこういうことが起こるのです
水面に顔を出して、僕は顔を両手でこすります
広場にいた人たちの視線が僕に集まっています
青空は体の痛むところをおさえながら笑っています
僕は諦めて、両手をついて水中に座り、空を見上げます
飛行機雲がふんわりまっすぐのびています
近くの木にとまった二羽のカラスがこちらを見ています
もうすぐ餌になる対象を見るような面構えです
「なにやってんですか」と青空が言います
「また誰かに操られてるんですか?」
「涼しげでいいだろう」と僕は答えます
「体中痛いんだから、笑わせないでください」
「笑い死ね」
「びっしょびしょじゃないですか」
青空はそう言うと、噴水のふちに立ち
ひょいと飛んで僕の横に着水します
水飛沫があがり、僕は目をつむります
広場中の視線が再び僕らに集まります
十秒以上たっても青空が顔を上げないので
僕は青空が体を起こすのを手伝います
「溺死するところでした」と青空は言います
「こんな子供用プールより浅い場所で」
「『噴水で女子高生死亡』なんて、
ニュースを見た人が首を傾げるぞ」
「気持ちいいですね」青空は目を閉じて言います
「今もう一回操作されそうになったら、抵抗できます?
「そこなんだよ。どうして向こうは追撃してこない?
今なんか、頭を下げるだけで溺死させられるのに」
「抵抗されて、びっくりしてるんじゃないですか?
経験のあるくもりぞらさんに聞きますけど、
操作に逆らわれたとき、どんなことを思いました?」
僕は少し考えてから、答えます
「お前の場合、それ以前に色々とイレギュラーだったから、
抵抗されても不自然に感じなかったんだよな」
これは集団ストーカーの自殺誘導
ですね。実行者の狂気を感じます。
地獄に墜ちるでしょう。
意味不明w
間違えた
こういう終わらせ方もありなんだと思いましたね。最後の言葉を予想して楽しめる、ひと粒で二度美味しいお話。
最高に面白かったっす
鳥肌が立ちました