武智「明日、女子たちが肝試しを企画してるらしい」
俺「え、マジで?」
急に舞い降りた夏らしいイベントに、少し心が惹かれた。
武智「これはきっと楽しいことが起きるぞ~w」
武智のやつは妙に浮かれているようだったけど、
それでも俺は、そこまで色めき立つことはなかった。
肝試しがあるからって、渚との距離が縮まるわけでもないし。
武智「この肝試しで渚となんかあるかもしれないじゃん」
俺「まあ、ありゃいいけどね」
そう言われたものの、やっぱりどこか上の空で、
俺は残りの午後からの勉強時間、まったく集中できずにいた。
進めようと思っていたチャート式も、完全に手が止まっていた。
夕食前の休憩時間に、俺は再び神社へ行くことにした。
夕食後は担任も宿舎を巡回するし、抜け出すならこのタイミングが一番だった。
太陽はほとんど沈みかけて薄暗く、空はオレンジと藍色が混ざり合っていた。
一番気持ちが浮つく時間で、みんな外で洗濯やら鬼ごっこをして騒がしかった。
俺はしれっと自転車に乗って、またあの神社を目指した。
もう日も暮れるけど、もしかしたらいるかもしれない。
それだけを確かめたかったんだ。
宵闇が迫った神社の入口は、昼間の雰囲気とは様子が違った。
あの古ぼけた鳥居も、なんだか不気味に見えた。
広場まで来ると、小学生の姿もなくひっそりとしていた。
数個の電灯がぽつぽつと点いているだけだった。
風が吹くと、そこら中の木々がカサカサと音を立て、少し虚しくなった。
「やっぱり今日は来てないのかもしれない」
そんなことを考えながら奥の境内のほうへ進むと、灯りの下に数人の人影が見えた。
驚いて、思わず拝殿の影に隠れてしまった。
ヒロコと、他に二人の男が煙草を吸っているように見えた。
こんな日も暮れてから、一体何をしてるんだ?
すると、何やら会話が聞こえてきた。
ヒロコ「ねえ、なんで一緒に出てくれないの?」
その口調はキツイものだった。何か怒っているのか?
男A「お前さぁ、そんなもん無理に決まってんだろ」
ヒロコ「じゃあもういいから! 練習の邪魔だからどっか行けよ!」
男A「はあ? お前口のきき方気をつけろって言っただろ」
どう聞いても穏やかじゃない。
何かでケンカしているのだろうか?
男B「それよりヒロコ、お前1万持ってきたのかよ」
ヒロコ「はあ? またそれ? ギター代はもう払っただろ」
男B「ははは、言ってなかったけぇ? 2回払いだって言ったじゃん」
男は、何やら気味の悪い笑い声をあげた。
というか、ヒロコは金を取られている?
カツアゲってやつか? それとも嵌められてるのか?
そんなことを頭の中でグルグルと考えていると、
「おい、てめえ誰だよ?」
見つかってしまった。
一人は短髪に剃り込み、もう一人は赤っぽい髪に尖った目つき、
ぱっと見で二人ともゴリゴリのヤンキーだと分かった。
これは、まずいぞ。殺されるかもしらん。
体が縮み上がって、心臓から全身に冷水が染み出していくような感覚に襲われた。
正直何も言えず、微動だにできなかった。
ヒロコ「ちょっと! この人は関係ないじゃん!」
ギターを背負ったヒロコが、俺の前に駆け寄ってきた。
男A「あ? お前の知り合いかよ」
ヒロコ「関係ないでしょ!」
男B「おい、てめえなんで見てたんだよ? 殺すぞおい」
俺「あ、その……」
恐怖と混乱で、まったく口がまわらない。
ヒロコ「1! 行こ!!」
ヒロコはそう言うと、俺の手を思い切り引っ張って、全速力で駆け出した。
遠くから、「ヒロコてめえバックレても無駄だからなぁ!」
という怒声が聞こえた。
二人で夢中で走って、境内の裏側の出口から外へ出た。
肩で息をしながら、「こっちにも出口があるのか」と囁くと、
ヒロコは少しだけ笑みを見せて「知らなかったのかよ」と言った。
俺「自転車、鳥居の方にとめてあるんだよ」
ヒロコ「じゃあ、そっちまで行こうよ」
そう言って、二人で息を整えながら鳥居側の入口を目指した。
俺「ヒロコは、歩きなの?」
ヒロコ「うん。中学は歩きでも行けるし、自転車ないから」
俺「そっか。でも、歩きでギターを背負ってるのは大変じゃない?」
ヒロコ「別に平気だよ」
そんなやり取りをして、すっかり薄暗くなった道を二人で歩いた。
俺「ねえ、あの人たちは誰なの?」
聞いたらまずいかもと思ったが、聞かずにはいられなかった。
ヒロコ「先輩だよ。友達、なのかな」
俺「本当に友達なの?」
さっきの剣幕は、どう見ても友達のそれには思えなかったが。
ヒロコ「そうだよ……」
そう言ったものの、ヒロコの表情は険しい。
ヒロコ「って言うか、今日も来てくれたんだね」
俺「まあ、ちょっと暇だったしね」
素っ気なくそう言うと、ヒロコは「ひひひ」と笑った。
その笑顔はやっぱりあどけなさが残っていて、
すぐに壊れそうな、頼りなさや儚さを感じてしまった。
でも、俺が来たことを喜んでくれるなら、それでいいと思えた。
俺「いつも、あそこでギターの練習をしてるの?」
ヒロコ「なんで?」
俺「だって、さっき練習とか言ってたから」
ヒロコ「まあ、あそこで弾いてることは多いよ」
話しているうちにT字路にぶつかって、「ここは左」とヒロコに促された。
「本当に?」と聞くと「馬鹿でも道くらい分かる!」と怒られたw
俺「でも、学校でバンドとか組んでるんでしょ?」
ヒロコ「そんなことやってないよ」
そう言うとヒロコは俯いてしまった。
ヒロコ「誰も、あたしとなんかバンドやってくれないよ」
ヒロコ「ギターは、一人でしか弾いたことない」
俺「そっか……なんかごめん」
申し訳ないことを聞いてしまったな、と思った。
無神経な質問だったかもしれない。
ヒロコは「ううん、いいよ」と言って顔を上げた。
ヒロコ「でも、あたしはバンドを組んでステージに立ちたかった」
ヒロコ「ステージに、立ちたかったなぁ……」
そう言ったヒロコの横顔は、宵闇の中でもはっきりと浮かび上がって見えた。
その瞬間、どうにかしてあげたい、という想いが湧き上がった。
ヒロコ「鳥居も見えてきたし、あたしはこの辺で」
そのまま踵を返し、来た道を戻ろうとする。
頼むから最後までちゃんと書いてなww
俺「帰るの?」
そう尋ねると、ヒロコは黙ってかぶりを振った。
さっきのヤンキーのところに戻るのだろうか?
だめだ。そんなんじゃだめだ。
そう思うと次の瞬間、こんなことを言っていた。
「今から、俺の合宿所に来なよ。『バンド』ができるかもしれない」
ヒロコ「どういうこと? あたし、行っても平気なの?」
俺「いや、まずいかもしれないけどw バレなきゃどうってことはないよ」
俺「俺の友達に、ベースを弾くやつがいるんだ。そいつと一緒に演奏したらきっと面白い」
俺「だから、来てみない?」
そう誘いかけると、ヒロコは「そうなの!?」と目を輝かせた。
ヒロコ「行きたい行きたい!」
ヒロコは両手を振ってはしゃぎ始めた。
俺は笑って、「よし、じゃあ行こうぜ」とヒロコを呼んだ。
ヒロコを連れて宿に戻ると外に人影はなく、
食堂で夕飯が始まっているようだった。
ヒロコ「こんな所で勉強してんだ~」
俺「そうだよ、ちょっと待っててくれる」
そう言って、ヒロコを宿舎の裏側で待たせて、俺は食堂に向かった。
離れにある古びた食堂に入ると、クラスメイトが全員集まって夕飯を食べていた。
案の定、担任に「遅いぞ!」と怒られた。
「すいませんちょっと色々あってw」と流し、すぐに吉谷を探した。
端っこに座っていた吉谷を見つけるやいなや、「すぐ部屋に戻れない?」とけしかけた。
吉谷「今? まだ食ってる途中なんだけど」
俺「頼む! すぐに来て欲しいんだよ」
俺が懇願すると、吉谷は「まあいいけどさ……」と渋々立ち上がった。
担任に、「ちょっと探し物があって、部屋戻ります!」と告げて食堂を後にした。
宿舎の裏側に、吉谷を急かしながら連れて行く。
そこには、ギターを背負ったまま佇んでいるヒロコがいた。
吉谷「え? 誰……?」
吉谷は目をぱちくりさせ、混乱している様子だった。
ヒロコは、「あ、こんにちは……」と小声で会釈をした。
ちゃんと挨拶をしたことに、少々驚いた。
俺「地元の中学生で、ヒロコ…ちゃん」
吉谷「それはどうも……で、なんで中学生がここに?」
吉谷の疑問はもっともだったし、俺は順序立てて説明することにした。
俺「近所の神社にいて、偶然会ったんだけど」
俺「話してみたら案外仲良くなってさ……」
ヒロコも俺に合わせて、コクコクと何度も頷いた。
吉谷「ふーん……」
吉谷の、疑念に満ちた視線はそのままだった。
俺「それで、彼女はギターを弾くんだけど」
吉谷「おお、背負ってるもんね」
吉谷の表情が少しだけ緩んだ。
俺「中でも特に、ブルーハーツが好きなんだよ!」
それを聞いて、吉谷は「え、マジ!」と声を出して驚いた。
吉谷「中学生の女の子で、そりゃまた珍しいな」
吉谷が食いついたところで、俺は続けた。
俺「だから、この子と一緒に『終わらない歌』演奏してくれないか?」
俺「頼む!」
そう言うと、吉谷は「うーーん」と唸って悩み始めた。
吉谷「バレたら、とんでもねえことになるぞ……」
吉谷はそう呟くと、首をひねった。
俺「この子、バンドも組んだことないし、誰かと一緒に弾いたこともないんだよ」
俺「だから、なんとか」
俺が必死にそう言うと、ヒロコも「お願いします」と頭を下げた。
さすがの吉谷も押し負けたのか、
「じゃあ、いいけどさ……」と承諾してくれた。
それを聞いてヒロコが「ありがとう!」と飛び跳ねた。
吉谷「とりあえず部屋に来なよ」
吉谷「ここだと誰かに見られちまう」
吉谷は俺たちを宿の裏口へと先導した。
歩きながら吉谷に、「詳しいことは後でちゃんと教えるから」と話した。
吉谷は「絶対だからな」と口をとがらせた。
吉谷「えーと、ヒロコちゃん? 靴は持って中に入ってな」
宿舎に入ると、吉谷は念入りに中を見回した。
吉谷「夕飯中で良かったな。まだ誰もいない」
吉谷は小声でそう言うと、俺とヒロコに「入れ」と手で促した。
三人で素早く2階の俺たちの部屋へと向かった。
吉谷「仕方ないとは言え、中学生の女子を部屋に入れるのは罪悪感がすげえよw」
吉谷はそう苦笑いしたが、俺も散らかっていた私物をすぐに片付けたw
吉谷が部屋の隅に立てかけてあったベースを構えて「よし」と言うと、
それを見てヒロコも急いでギターを構えた。
ヒロコはあからさまに緊張していて、動きがぎこちなかったw
俺が「そんなに緊張しなくてもw」と語りかけると、
「でも……」とあたふたしていたw
吉谷「ちょっと、軽く弾いてみてよ」
ヒロコ「わ、分かった」
ヒロコはカチコチになりながら、終わらない歌の出だしをさらった。
吉谷「おお、思ったより弾けるじゃん!」
そう言うと吉谷は、嬉しそうにカバンから何か取り出した。
吉谷「アンプとかはさすがにないけど、コイツで合わせよう」
取り出したのは、ミニスピーカーだった。
そして自らの音楽プレイヤーをつなげた。
吉谷「別にミスったっていいし、気楽にいこう」
吉谷は「よっしゃやろか」と言って、俺に音楽プレイヤーを差し出した。
ヒロコに「準備はいい?」と聞くと頷いたので、再生ボタンを押す。
スピーカーから「終わらない歌」が流れて、二人の表情が変わった。
ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!
ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!
あの聴き親しんだイントロが流れて、すぐに「終わらない歌を歌おう!」と曲が走り始める。
あたふたしながら弾くヒロコに、
吉谷はさも楽しそうに笑顔で「自信持って弾けばいいんだよ!」と呼びかけた。
2回目のサビが来る頃にはヒロコも固さが取れて、
楽しそうに笑顔混じりで演奏を始めた。
二人とも体を上下に揺らして、ノリノリである。
俺も楽しくなって、ついつい歌を口ずさんでしまう。
一通り演奏し終わると、吉谷は「上出来だよ!」と言って楽しそうに笑みをこぼした。
ヒロコ「やった! 全部やりきれたー!」
盛り上がって、三人で思わずハイタッチしてしまった。
俺「二人とも、すごいね!w」
興奮してそう言うと、二人は恥ずかしそうに笑った。
気づくと、部屋のドアの前に武智と元気が立っていた。
武智はニヤニヤしていたが、元気は何とも複雑な表情をしている。