ヒロコ「だから、さっきのあいつらに一緒に出ようって言ってたんだけど」
ヒロコ「全然ダメだった」
ヒロコ「もう、諦めるしかないかな……」
涙を腕でこすり、ヒロコは俯いた。
この前何か揉めていたのも、きっとこの夏祭りのステージのことだったんだ。
ヒロコは本当にステージに立って演奏がしたくて、それで……
俺は吉谷の顔を見た。
吉谷は黙って頷いた。
俺「ヒロコ、ステージに立ちたいか?」
ヒロコ「え、どういうこと?」
俺「バンド組もうぜ、俺たちで。一夜限りのバンド」
瞬間、ヒロコの顔に光が溢れ、笑顔が咲いた。
ヒロコ「え、うそ!? いいの?!」
俺「ああ。ギターがヒロコ、ベースが吉谷、そんでボーカルが俺」
吉谷は、「ドラムがいないのがちと難点だなw」と苦笑いした。
ヒロコは興奮を抑えきれないでようで、何度も頷いてみせた。
ヒロコ「いいよそれ! 最高! 最高のバンドじゃん!!」
目に涙を溜めたまま、思い切り笑顔になった。
俺「だろ? 俺もそう思うw」
武智「俺、エアドラムで入っちゃダメか?」
吉谷「それはいらねえだろww」
俺「バンド名は、そうだな……」
すると、ヒロコが何か言いたげにこちらを見た。
俺「何かあるの?」
ヒロコ「『THE SUMMER HEARTS』ってどうかな…?」
吉谷「お、いいねぇ」
俺「俺たちっぽくていいと思う!」
ヒロコは歯を見せてキラキラと笑い、「やったぁ、これでいこ!」とはしゃいだ。
武智のやつが後ろの方で、
「かー! サマーハーツ最高だねぇ~!」などと騒いでいたw
サマーハーツ、いいじゃん
俺「そのステージって、明日の何時から?」
ヒロコ「集合は、確か夜の6時だったと思う」
吉谷「それなら、すぐに戻って練習だな!」
そうして俺たちは、ヒロコを連れてそのまま宿に向かうことにした。
明日の夏祭りのステージに向けて、動き出した。
宿に帰ると、すでに勉強小屋で夜の勉強時間が始まっているようだった。
武智「見てきたけど、もうあっちで勉強会始まってるわ」
俺「元気は、上手くごまかしてくれたのかな?」
吉谷「俺たちは一旦部屋に戻るから、元気呼んできて」
そう言うと、武智は「ほいさ」と言って勉強小屋へと向かっていった。
俺とヒロコと吉谷はバレないように部屋へと急いだ。
部屋に着くとすぐに、吉谷はベースを手にとって喋り始めた。
吉谷「ステージって、何曲できるんだ?」
ヒロコ「多分、一曲だと思う」
吉谷「それなら、曲目は『終わらない歌』でいいよな? 簡単だし」
俺「いいと思う。それを完璧にしよう」
ヒロコも同調して頷いた。
吉谷「ドラムがいないっていうのは厳しいけど、俺がヒロコちゃんのギターに合わせるから」
吉谷「失敗してもいいし、この前みたいに思いっきりやろうせ」
ヒロコは「うん!」と元気よく返事をした。
吉谷「1、お前の歌もかなり重要だぞ? 歌詞は頭に入ってるか?」
俺「任せろって。カラオケで何万回歌ったと思ってるw」
調子に乗ってそう言うと、吉谷もヒロコも笑みを見せた。
吉谷「じゃあアンプもないけど、一回BGMナシで合わせてみよう」
そして、俺とヒロコと吉谷の三人の練習が始まった。
俺たちが部屋で練習をしていると、武智と元気と、委員長が来た。
武智が、「だめだめ! 委員長はもういいよ!」などと言っていたが、
元気と一緒に委員長も部屋に入ってきてしまった。
委員長「え、アンタたちお腹壊して寝込んでるんじゃなかったの?」
俺「あ……」
吉谷「……」
吉谷も俺も、言葉をなくしてしまった。
元気「と、いう風に俺が先生に話しておいたんだけど」
委員長「心配だから私が見に来たの」
そう言うと、委員長はヒロコをまじまじと眺めた。
委員長「で……この子誰?」
ヒロコは、委員長に対しても律儀に頭を下げた。
仕方がないので、俺たちは委員長にもこれまでの経緯を洗いざらい教えることにした。
俺「話せば長くなるんだけど……」
委員長「えー! それでアンタたち明日のお祭りで演奏するってこと?」
俺も吉谷も「まあ……」ときまりの悪い様子で返事をするw
武智「演奏じゃねえ、ライブだぞ」
委員長「そんなのどっちでもいいよ」
委員長に一喝されて、武智は変な顔をしていたw
委員長は、ヒロコに優しい視線を向け、「そんなに出たかったの」と質問した。
するとヒロコは「もちろんです!」と答えた。
委員長には、なぜだか敬語だった。
委員長「はあ、なんでアンタたちってこう危ないことするかなぁ……」
委員長は額に手を当て、がっくりとうなだれた。
俺「ごめん、委員長」
委員長「いいけど、今だって先生止めて私が代わりに来たんだからね」
委員長「正直、かなり危なかったよ」
そう言われて、ぐうの音も出ない俺たち。
委員長「もう分かったから、一曲やってよ」
その発言に、俺たちは呆気にとられた。
吉谷「え? なんて?」
委員長「せっかくここに来たんだから、聴きたいじゃんw」
武智は「マジかwwww」と笑っていた。
意外だったが、さすが委員長だと思えた。
「じゃあいくよ」と始めようとすると、「待って」と止められた。
委員長「やっぱり、明日の楽しみにしとく」
委員長「明日、私も聴きに行くから」
そう言うと委員長はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
俺「マジで? 来てくれるの」
委員長「そんな面白そうなの、見に行くに決まってんじゃんw」
委員長「クラスの皆にも、先生にバレないように水面下で広めとくから」
吉谷「委員長、本当にありがとう」
吉谷がそう言うと、委員長は「別に」と首を振った。
委員長「みんな、楽しそうで良かったよ」
委員長は素っ気なくそう言ったが、
もしかしたら俺と吉谷のことだったのかもしれない。
「THE SUMMER HEARTS」を組んでステージに立つことが決まってから、
俺と吉谷はすっかり自然体に戻っている気がした。
委員長「夜の勉強時間が終わるまでは、ここで練習するんでしょ?」
俺「まあ、そうだね」
委員長「先生は、戻ったらまた私と元気君でごまかしとくから」
委員長「あんまり遅くならないようにね」
そう言い残すと、委員長と元気は部屋から出ていこうとした。
武智が「じゃあな~」と見送ろうとすると、
「アンタも行くの!」と委員長に引っ張って行かれたw
武智は、「俺も混ざりたかったぁ~」などと喚きながら拉致されていった。
3人になった俺たちは、すぐに練習を再開した。
本番は明日。
「とにかくミスってもいいから、思い切りやろうぜ」
それが合言葉だった。
翌日、合宿6日目。夏祭りの当日である。
この日も太陽は絶好調で、容赦のない暑さでいっぱいだった。
俺たち「THE SUMMER HEARTS」が今夜の夏祭りでステージに上がることは、
ひっそりとクラス内に広まりつつあった。
顔を合わせると色んな人に「頑張ってな!」と声をかけられた。
きっと、委員長のおかげだ。
夕方、勉強時間にかぶる時刻に、ヒロコを宿に呼んだ。
敷地の入口でヒロコを迎え入れると、ヒロコの髪が黒に染まっていた。
俺「髪、黒くしたんだ」
ヒロコ「うん、ステージに立つし。…どうかな?」
ヒロコは落ち着かない様子で、照れているようだった。
それがまた可愛らしくて、俺は「よく似合ってるよ」と言った。
ヒロコは「ひひっ」とはにかんで、「ありがと」と呟いた。
こっそりとヒロコを部屋へと案内し、吉谷と3人で直前の確認を行なっていた。
すると、見計らったかのように委員長と渚が部屋へとやって来た。
なんだかばつが悪く、俺は渚を直視することができなかった。
俺「何か用? 先生にバレた?」
委員長「いや、違うよ。今から少し練習するんでしょ?」
委員長「先生の方は、私の方でごまかしてるから」
俺「それはありがとう、助かるよ」
委員長は、ヒロコをまじまじと眺めた。
委員長「それはいいんだけど、今日ライブだよね?」
委員長「あんたらの恰好はそれでも制服でもなんでもいいけど……」
委員長「ヒロコちゃんはそのまま?」
委員長はヒロコを指差した。
ヒロコの服装はTシャツにショートパンツという味気ないもので、
確かにライブでステージに上がるには向いていないように見えた。
委員長「夏祭りなんだし、浴衣でも着ればいいのに」
委員長「浴衣とか、ないの?」
そう質問すると、ヒロコは首を横に振った。
委員長「そっかぁ、でも私は浴衣持ってきてないからなぁ」
すると、委員長の後ろから渚が声を出した。
渚「それなら、私の浴衣着てみる? きっと着られると思う」
確かに渚とヒロコの背丈は似たようなものだった。
その提案に、俺も委員長も「いいね!」と賛同した。
吉谷だけが若干苦い顔をしていたが、渋々賛成してくれたw
(多分、自分の彼女の浴衣姿が見たかったんだろう…)
委員長「それならもう時間もないし、すぐ着せてあげるから、うちらの部屋おいで」
渚「うん、早く着替えちゃお」
言われるまま、ヒロコは二人に背中を押されて部屋へと連れて行かれてしまったw
ヒロコは戸惑いながらも嬉しそうで、委員長にライブのことを話して良かったなと思った。
三人が去ってから、吉谷にそれとなく聞いてみた。
俺「浴衣、よかったの?」
吉谷「アイツが貸すって言うなら、それでいいよ」
吉谷「それに、やっぱりライブに衣装は必要だろ」
吉谷はほんの少しだけ笑みを浮かべて、ベースの練習を再開した。
それを聞いて安心し、俺も歌詞の確認を始めた。
しばらくすると、部屋から三人が戻ってきた。
ヒロコは、鮮やかな青色の浴衣を身にまとい、髪を後ろで結っていた。
はっきり言って、とても綺麗だ。
渚「サイズがちょうどで良かった」
委員長「ね、よく似合うでしょ。下駄とかは、向こうで履き替えればいいから」
委員長は嬉しそうに下駄の入った袋をヒロコに手渡した。
ヒロコははにかみながら、恐る恐るこちらを見た。
俺「いいじゃん、ほんとによく似合ってるよ。髪の毛もいいね」
吉谷も「いいね」と笑顔で頷いている。
ヒロコはぱあっと明るい笑顔になり、「ありがとう」と遠慮がちに言った。
ヒロコは嬉しさを抑えきれないようで、「夢みたい!」と呟いて浴衣を愛おしそうに眺めた。
その笑顔はまるでプリズムのように瞬き、キラキラと光を放った。
これで、衣装はバッチリだ。
俺「ってか、委員長たちも戻らなくて大丈夫?」
委員長「そうだ、そろそろ戻らないとさすがに……」
委員長がそう言ったのと同時に、吉谷が「やべえ!」と声をあげた。
吉谷「出演者の集合時間って6時だよな? あと30分くらいしかねえぞ」
俺「え、マジで!?」
ふもとの町までは、自転車で飛ばしてギリギリで30分くらいだ。
今すぐ行かないと、間に合わない。
やばいやばい、と焦りながら急いで外へと飛び出す。
本当ならバスで行くつもりだったので、何の準備もしていなかった。
委員長「じゃあ私たちは戻るから、またあとでね!」
俺「ああ、みんなによろしくね」
委員長と渚を見送り、俺たちは自転車置き場を目指した。
俺「バスの時間、ちゃんと考えとくんだった」
吉谷「まあ、色々あったししょうがねえ」
自転車にまたがり、ギターを背負ったヒロコを後ろの荷台に促した。
ヒロコは荷台を指差して「ここ?」と首を傾げた。
俺「あ、浴衣で二人乗りはさすがに危ないかな」
吉谷「いまさら何言ってんだww」
吉谷に、大げさに笑われた。
荷台によろよろと腰掛けたヒロコは、やっぱり少しおぼつかなかった。
吉谷「そんなに怖かったら、ヒロコちゃん1にしっかりつかまってな」
吉谷がそうアドバイスすると、ヒロコは俺の腰あたりに思い切りつかまった。
俺「マジかwwwwww」
びっくりして、変な声が出てしまった。
さすがに照れくさくてしょうがないので、すぐに「急ぐよ!」と言ってペダルを踏んだ。
すっかり日が暮れて、橙に溶け込んだ町の中を思い切り走った。
二台の自転車の影が、ぼんやりと長く伸びる。
どこからともなく、寂しげにヒグラシの鳴く声が聞こえた。
しばらく走ると、あのひらけた県道にぶつかり、下り坂になった。
吉谷「一気にいくぞ」
吉谷は、立ち乗りになり思い切り速度を上げた。
ヒロコに、「飛ばすよ!」と一言声をかけ、俺もそれに続いた。
広い県道の下り坂を、一気に駆け下りていく。
途中、何台かの車にもすれ違ったが、そんなのお構いなしに、
俺たちは全力で走り続けた。
しばらくすると山道の雰囲気は薄れ、遠くにふもとの町が見え始めた。
遥か彼方には、橙黄色に光を放つ太陽も見えた。
そのせいもあってか、町のすべてが夕暮れに呑み込まれていた。
信号機、街路樹、すれ違う車、目に映る全てがオレンジで、
町中まるごと影が伸びていくような気がした。
俺「もうすぐ、着きそうだな」
走りっぱなしで、全身から汗が吹き出していた。
吉谷「まだ時間的には大丈夫だ、急ごう!」
吉谷も息を切らして自転車をこいでいた。
吉谷「お祭りって、確かお寺の近くだよね」
ヒロコ「うん。駅に近いから、看板の駅方面に向かえばいいと思う」