映画館に入ると当然ながら人が大勢いた。
その中には当然カップルも。
だけど、腕を組んでいるカップルは明らかに少数派だった。
「なあ」
「ん? なに?」
恥ずかしいから離してくれ、と言おうと思った。
けど言えなかった。
間近で感じたエリの吐息が首筋をくすぐって、こそばゆく。
それだけで羞恥心なんてものは彼方へ吹き飛んだ。
ので、話題変更。
「なんの映画見るんだっけ」
「えー昨日言ったじゃん。聞いてなかったの?」
「いーえ言ってません。なぜならメールで連絡がきたからです」
「揚げ足とんな!」
相も変わらずなやりとり。
それはデートだろうとなんだろうと変わらなかった。
「もう、あれだよ」
そう言ってエリが指差したのは、双子の兄弟が出てくる有名な野球映画だった。
当時はちょうど上映した直後であり、人気の作品だった。
「へー」
原作を知っていた俺は大して面白そうとも思わなかったが。
「はやく! はやくいこう!」
楽しそうに目を輝かせて腕を引くエリを見ていると、悪くないかな、なんて思えた。
「残念ながら本日のチケットは売り切れてしまいました」
「えー」
受付のお姉さんが告げる言葉にエリは肩を落とした。
まあ、そうだろうな。
なんて言っても当時一番注目されていたので、チケット前日予約必須のシロモノだった。
「思いつきで行動するからこうなるんだ。今度からは少しは考えろ」
「今度? また、一緒にきてくれる?」
それはもう何度でも。というのは気恥ずかしいので、頷くだけにとどめた。
「あははっ♪ そっか、じゃあ、いいや! 今日は別のを見よう」
機嫌を直したようで、改めて映画を選ぶ。
俺はといえばとくに見たいものもなかったのでエリに任せていたのだが。
「んー。これにしよっ」
やがてエリが選んだのは。
「マジですか……」
「マジです」
原作少女漫画。二人の同じ名前の少女がそれぞれの道を歩むというお話。ちなみに。
「これって……そういうシーンなかったっけ?」
いわゆる濡れ場。
が、エリはそんなことも気にせずにすでにチケットを買ってしまっていた。
「これも見たかったんだよねー! 原作好きなんだ!」
「はあ……そうかい」
色々と諦めた。
俺は自分自身に気合を入れて敵地へと望んだ。
予想以上に最近の少女漫画はすごいんだなあ、と思った。
映画館から出てきた俺はモアイも真っ青なくらい石化していた。
エリはというと。
「あー! 面白かったね!」
実に楽しんだようだ。
何だろう。俺だけ意識して馬鹿げている気がした。
なので気合を入れなおす。
「よっし、それで? どこへいくよ」
「うん? こういうのって男の子がエスコートするもんじゃない」
「マジっすか」
「マジなのです」
さも当然のように頷かれる。
そんなこと言われても、突然のデートなので何も考えていなかった。
「ふーむ」
考える。考えて。考えていると。
きゅるるる~
「……」
「……」
エリは顔を真っ赤にして背けていた。
「アッハッハ!」
俺、爆笑。
「しょ、しょうがないじゃん! 女の子がデート前にバクバク食べるわけにはいかないんだよ!?」
「アッハッハッハッハッハ!」
「笑いすぎー!」
俺たちは近くのファーストフード店で飯を済ませることにした。
それからの帰り道。
俺たちはいつもの用に腕を組みながら歩いていた。
他愛もない話。
クラスの事や、差し迫った受験のこと。どうでもいい話まで。
やがて、二人の家の近くにある公園に着く。あたりはだいぶ暗くなっていた。
「ねえ、ちょっと休んでいかない?」
エリの提案。初デートと言うことで一日中緊張していた俺にはありがたい話だった。
「オーケー。じゃああそこに座ろう」
二人でベンチに座る。
フーッと吐いた息はどちらのものだったのか。
俺たちは顔を見合わせて笑った。
「そっち行っていい?」
「おう」
エリが距離を詰める。
彼女の匂いと体温がすぐ近くにあった。それこそ抱きしめられるほど側に。
「昔さ」
「ああ」
「よくこの公園で遊んだよね」
「ああ」
「懐かしいね」
「だな」
「……」
「……」
沈黙。でもそれはいつだかのように重いものではなくて。甘かった。
「私ね」
「うん」
「あの頃から好きだよ」
「……そう」
「ずっと。ずっと」
「ヤスは? どう?」
「そう、だな」
面と向かってその言葉を言うのは初めてかもしれない。
だから俺はきちんと体をエリの方へ向けて、言った。
「ずっと、好きだった……」
まっすぐに、エリの目を見て。
彼女の眼は少し潤んでいて、俺は吸い込まれるような錯覚を覚えた。
いや、確かに吸い込まれていた。
少しずつ近づく顔。
伏せられる瞳。顔の輪郭。唇の紅。
それらが闇の中、鮮明に浮かび上がって。
「……ん、ぅん」
俺たちは、初めてのキスをした。
家に帰った俺を待っていたのは母親のにやけた笑顔。
「今日ねえ、『お友達』のお母さんからわざわざ電話があってねえ。
ムフフ、よろしく言っておいてだってえ」
恥ずかしさのあまり、窓から飛びおりてやろうかと思った。
それからは受験で忙しくてなかなかおたがいの都合がつかなかった。
それでも、会えるときは絶対にあったしなるべく長く一緒にいた。
ただどうしても厄介な障害が存在した。
それは、俺の塾だった。
俺は県内の小規模な塾に通っていた。小規模、といってもそれなりの実績はある。
自慢ではないがその中で俺はトップのクラスに在籍していた。
そこの目標は、高校では最高峰に位置する開成や国立高校だった。
そんなところを狙っているので、当然教師は厳しい。
いや、全員が全員そういうわけではないのだが、一人だけ恐ろしい男がいた。
曰く、
『携帯なんてなぁ、受験生が持つもんじゃねぇ。即刻解約しろ』
『学校の授業なんてきかなくていいんだよ。どうせクズな事しかやってないんだから』
とのこと。
当然だが、この先生の価値観では恋愛なんてもっての外。
付き合っているやつは今すぐ別れちまえ、というのは実際に言っていた言葉。
が、俺にはそんなつもりはない。
なので自己申告もせず、親に口封じもした。
これで平気だろうと思っていると、思わぬところからバレてしまう。
駅でデートしているところを目撃されてしまった。よりにもよってその教師に。
生徒の為なんだろうけど
彼女は居た方が助かる時もあると思う
俺彼女いない歴=年齢だけど
>>184 彼女にうつつを抜かしている暇があったら勉強しろ、
ということらしい。
当然、呼び出される俺。
それから奴は恋人という存在外貨に受験の弊害になるのかを延々一時間語り。
挙句、携帯まで没収されてしまった。
翌日、そのことをエリに話した。
「それは……ひどいね」
「ひどいなんてもんじゃねえし。アイツは人の温かみが通ってないんだね。鬼だ、鬼」
「あ、あはは」
エリは困ったように笑って、それからため息をついた。
「でも、それじゃあこれからどんどん会えなくなるね。イヤだなぁ……」
それは俺もイヤだった。
だからといって塾をやめるわけにもいかない。親の期待、というものがあった。
「私もヤスくらい頭良かったらいいんだけどね」
エリの志望校は県内にある、私立の女子校だった。
俺が男子校へいくといった際、ならばと進路を公立から変更していた。
本当なら同じ高校にいきたかった、けど。
この時の俺には選択肢がなかった。
それから俺たちが一緒に過ごす時間は確実に減っていった。
というのも俺の塾がさらに過酷化したからだ。
平日はもちろんのこと、休日も朝の九時から夜の九時まで、と。
今思い返してもこの頃が一番勉強していたと思う。
だけど、いない分だけエリヘの思いは募っていった。
だから会えるときはなるべくくっ付いていた。それこそ周りの寒さを溶かすほどに。
季節は冬。クリスマスが近づいていた。
クリスマスも当然のように塾があった。
この日ばかりはサボってやろうかと思ったが、ヘタレな俺にはできなかった。
いつもの用に十二時間の塾が始まる。
クリスマスだというのに男ばかりで勉強というのは、悲しくあると同時に申し訳なかった。
エリは今頃何をしているのだろう。
それだけを考えて授業を過ごした。
そして塾が終わり、極寒と呼べるほどの寒さの中、家に向かう。
途中、エリの家に寄ってみた。
が、結局チャイムを押すことなく俺は引き換えしてしまった。
何もできない自分が歯がゆくて。どうしようもなかった。
そして自宅の前まで行くと、俺は自分の目を疑った。
誰かがしゃがんでいるのが見えた。
それは、
「エリ」
「ん? ヤス? ……おそい」
俺の声に気づいたエリは立ち上がりこちらへ駆けてきた。
「お前、なんで……」
「なんでも何もクリスマスでしょ。もー。彼氏彼女が一緒にいるのは義務なの法律なの」
エリの唇は寒さで青くなっていた。
エリ良い子過ぎるだろ
つД`)・゜・。・゜゜・
健気だな・・・良い子だ
俺は手袋を外して、エリの頬に触れた。
「や、あったか~い」
彼女の頬は柔らかさそのままに、氷のように冷えきっていた。
俺はもう片方の手でも彼女の頬を包む。少しでも熱が伝わるように、と。
「むふふ~」
彼女は幸せそうに笑んだ。
その笑顔に、俺の緊張も溶けた。いつもの軽口がきける。
「お前なあ、一体いつからここにいたんだよ」
「んーと、ヤスの塾が終わる九時から」
じゃあ三十分近く待っていたことになる。
凍てつくような寒さの中。
「ねえねえ、私、偉いでしょ。まさに彼女の鏡だね」
「ア ホ か」
両頬に添えたてに力を込めて頬を押しつぶす。
「んん~! ひゃひふんらよぉ~」
「うっせ、バーカバーカウルトラバーカ」
「ひゃんふぁふぉ~」
とりあえず、彼女の残念な顔をこれ以上晒すのは忍びないので、手を離してやった。
「うう、死ね! スーパーバカ野郎」
「プッ、ハハッハハ!」
「笑うなー!」
久しぶりのやりとり。
冬だから、体は冷えていたけど、心は暖かくなった。
それから、立ち話も何なので例の公園へ。
親には、塾で残されていたと言えば何とでもなるだろうと思った。
「そうそうそう」
「ん?」
「クリスマスプレゼントあるですよ」
「何ですと?」
突然の事に驚いてしまう。
いや、クリスマスだから当然なんだけど。
「ほれ、ありがたく受け取るがいい」
やたら不遜な態度が鼻についたが、もらう立場なので文句はいえない。
差し出された紙袋を受け取った。
「見ていいか?」
「どうぞどうぞ」
中を開ける。
入っていたのは、手作りと思わしきクッキーと、棒状の何か。
「何これ」
「万年筆。割と高かったよ」
「なんで、万年筆?」
悪いが俺は万年筆なんて生まれてこの方触ったことがなかった。
「んーんー」
なぜか恥ずかしそうに悶えた。
「どうした。あまりの寒さに脳が死んだのか」
「違うに決まってるでしょ! ヤスはもっとムードを大事にしろよ!」
とっても怒られた。
「じゃあなんだよ」
「うん。……あの、ね」
「ヤスは携帯、取られちゃったじゃない」
「ああ、うん」
ちなみにまだ帰ってきていない。
およそ一ヶ月も奪われたままだ。
だったらいっそのこと解約して新しいのを買うか、なんて思っていたりした。
「だからね、その……手紙」
「はあ? 手紙?」
「うん。それで、手紙書いて送ってほしいなって。んー、いわゆる文通?」
「なぜ?」
そんなまどろっこしいことを。
聞くと、エリは頬を朱に染めて呻くように呟いた。
「だって、寂しいよ……」
あ、やばい。
この時の俺は、確かに何かが崩れる音を聞いた。
それはおそらく理性とかそんなもんだったのだろう。
気がつくと、力いっぱいエリのことを抱きしめていた。
「え、ええ!? な、なにさ!! いいいいきなりこんなとこで!?」
離さないように強く、強く。
忘れないようにしっかりと彼女を感じた。
彼女のぬくもりを、柔らかさを、甘い匂いを。
「エリ、ヤバい」
「な、なにが?」
「好きすぎてヤバい」
「う、ううううう……」
それまで騒いでいた彼女がおとなしくなった。
「ねえ」
「んー?」
しばらくその体勢でいると、えりが話をかけてきた。
すっぽりと収まるように俺に抱き締められているので、暖かい息が胸に当たった。
「あの、ね。私も、プレゼント欲しい……」
「あっ」
すっかり忘れていた。
そうだよな彼氏だけがもらうっていうのは変だよな。
だけど、
「悪い、急なことで何も用意してなかった」
「えー」
「ほんっとうにごめん。その代わり、なんでも言うこと聞くから」
「なんでも……?」
「うん、そう、なんでも」
正直、キスでも何でもしてやる、と思っていた。というかむしろ俺がしたかった。
しかし、エリの回答は予想を上回っていた。
「じゃじゃ、じゃあ! あーのねっ! しっ、しっ、シよう!!」
俺の脳はフリーズした。
さて、ここでお待ちかねの。
King Crimson!!
嘘だ!!
まあ、皆様の想像通り、俺はここでチェリー卒業しました。
ちなみに向こうも初めてだった。
クリスマスプレゼントはゴムということになったよ。
うらやmけしからん
いいぞもっとやれ
なんか鬱入ってきた
さて、おそらく、この辺が黒歴史(赤面)のピークだった。
つまりこっからはは落ちていくよッと。
警告
甘々で終わりたい人はここでスレ閉じてください。ありがとうございました。
どこまでもついていきます!
あーい。
じゃあこっからは割と神経使うからさらに遅くなるかも。
それでも見てやってください<(_ _)>