俺「それ、大丈夫なの?」
ヒロコ「これは別に大丈夫だけど、さすがにちょっと面倒くさいかな」
そう話すヒロコは笑顔をなくし、無表情だった。
俺「なんであんな奴らと一緒にいるんだよ?」
ヒロコ「本当はもう、一緒にいたくないよ。でも、ギターを貰ったし」
俺「ギターを?」
ヒロコ「あたしの家ね、ママが離婚してさ、すっごいお金ないの」
ヒロコ「だから、ギター欲しくても買えなくてさ」
ヒロコ「そしたらあいつらが、ギターを安く譲ってくれるって言うから」
淡々と、それでいて噛みしめるように語り続ける。
ヒロコは、あのMDウォークマンを取り出した。
ヒロコ「これで音楽聴いてるのも、パパが置いてったやつで」
ヒロコ「これしか、音楽聴くものないんだよ」
今までの出来事全てに、合点がいった。
なぜMDウォークマンを使っているかも、ヒロコが古臭い音楽を聴いているかも。
俺「そっか。ブルーハーツもミッシェルも……そのMDがあったからってことか」
ヒロコ「そうそう。偶然それがあって、聴いたら大好きになった」
ヒロコは、またうっすらと笑みを浮かべた。
ヒロコ「ママは忙しくて家にあんまりいないから、そんな時これを聴いたら、励まされた」
俺「でも、ギターを貰ったならもういいじゃん」
ヒロコは「ううん」とかぶりを振った。
ヒロコ「あいつら、ああ見えても楽器するからさ」
ヒロコ「一緒にいたら、演奏してくれるかなって思ってた」
俺はなるほどな、と思った。
ヒロコは学校でもバンドが組めなくて、ずっと一緒にできる人を探していた。
あのヤンキーたちも、そうだったということだ。
ヒロコ「でも、あたし気づいちゃったんだよね」
俺「なに?」
ヒロコ「あいつらは、あたしから金を取ることしか考えてないし、一緒に音楽もやってくれない」
ヒロコ「あたしはただ、バンドがしたかった。ギターがしたかっただけなのに」
ヒロコ「もう、こんなの嫌だ……」
ヒロコは、目に涙を浮かべていた。
壊れそうだったものが、ついに音を立てて崩れた、そんな気がした。
そんなに最低の連中だったのか。
ヒロコが人を寄せ付けない風貌をしているのも、煙草を吸って強がるのも、
全ては、自分の弱さを隠したかったからなのか?
許せないと思った。
俺「そんな奴ら、もう縁を切っちゃえよ」
ヒロコ「そんなことしたら、後で何されるか分かんないし……」
ヒロコ「あたし一人で抵抗するのは、怖い」
俺「そいつらは、今日の夜も来るのか?」
ヒロコ「来ると思うけど……」
俺「俺に考えがある。だから、今夜いつも通りここに来て」
俺一人じゃ無理だ。
あいつらの助けがいる……
俺は買い出しをテキトーに済ませ、一目散で勉強小屋に戻った。
すぐに席に座っていた武智、吉谷、元気を外に連れ出し事情を話す。
この前来たヒロコが、追い詰められていることを赤裸々に語った。
俺「だからさ、頼む。今夜、力を貸してくれないか?」
3人は、しばらく黙って見合っていた。
俺「こんなことにいきなり巻き込むのは本当に悪いけど……」
俺「お前らしかいないから」
すると、武智が口を開いた。
武智「タッパのある奴がいた方が相手もビビるだろうしな。俺は行くよ」
俺「マジか! ありがとう」
喜んだのも束の間、吉谷が口を開く。
吉谷「そんな得体の知れない連中に巻き込まれたくねえよ」
吉谷の目はいつになく真剣だった。
俺「吉谷、頼むよ。お前だってヒロコの事は一生懸命だって言ってたじゃねえか」
吉谷は首を横に振った。
吉谷「別にあの子は悪くないし、気持ちもわかる」
吉谷「でも、もしバレたらどうなる? ただ事じゃねえぞ、分かってんのか?」
吉谷「俺は勉強をしにここに来たワケで、ケンカをしに来たわけじゃない」
吉谷の言うことはもっともだった。
俺たちは勉強をしに来たんであって、そんな地元の中学生のいざこざに、
足を突っ込みに来たわけじゃない。
武智「お前、びびってんだろ? それにケンカになるって決まったわけじゃあるまいし」
吉谷「別になんでもいいよ。俺には関係のない話だ」
俺は諦められなかった。
自分でも勝手なことを言ってるのは分かっていたが、それでも。
俺「吉谷、お前ヒロコと一緒にギター弾いて何も思わなかったのか?」
俺「あの子はただギターが弾きたかっただけなんだよ」
俺「俺はその気持ちを、尊重してやりたいんだよ」
ここまで言っても吉谷は首を振って、「わり、分かんねえわ」としか言わなかった。
武智「1、もういいよほっとけ。俺らでどうにかしようぜ」
武智「元気、お前は危ないしケガしそうだから来るな」
武智「俺らがいない間、先生へのごまかしと偽装工作を頼むわ」
元気「おう、分かった……」
吉谷は、無言で自分の席へと戻っていった。
俺と武智の二人で、ヒロコを守ることになる。
大丈夫だろうか?
けど、四人の関係性が…
見ててむずむずするぜ
夜、夕食までの自由時間になった。
空は藍色が燃え、不気味に日が沈みかけていた。
ヒロコを助けようと思って言い出したことだが、
やっぱりその時が迫ってくると、怖かった。
武智と二人で自転車置き場に向かうと、そこには吉谷の姿があった。
俺「お前、なんで?」
吉谷「相手は2人だろ? それなら、3人いた方がいいじゃねえか」
俺と武智は見合って笑ってしまった。
俺「俺が2ケツしてやるから、乗れよ」
3人で、あの神社を目指すことにした。
薄暗くなった鳥居にたどり着くと、俺はなんだか怖気づいてしまった。
俺「でも、マジでケンカになったらどうしよう」
それを聞いて武智が笑った。
武智「もうここまで来たら、どうなってもいいじゃねえかw」
吉谷は黙っていたが、別にもう言葉なんていらないと思った。
一緒に来てくれた。
ただ、それだけが全てだと思った。
俺は一人じゃない、そう思えることが心強かった。
どうなったって大丈夫、こいつらがいるんだ。
進んでいくと、境内の灯りの下でヒロコとあの2人のヤンキーが話していた。
この前の短髪と、赤髪の奴だ。
緊張と不安でバクバクと鳴る心臓を抑えつけ、
俺は正面きって言い放った。
俺「ヒロコ、来たぞ」
俺の声を聞いて、ヤンキー2人もこちらを睨みつけた。
ヒロコは、すぐにこちらに駆け寄って来た。
短髪「なんだお前ら?」
俺「ヒロコがお前らに言いたいことがあるって言うから、来たんだよ」
するとヒロコは、何度も頷いた。
短髪「はあ? 意味が分からねえんだけど」
ヒロコ「もうあたしに一切関わらないで」
恐怖なのか、ヒロコの声は震えていた。
ヒロコの言葉を聞いて、赤髪の方が笑いだした。
赤髪「言いたいことって、それぇ?」
赤髪「マジで、馬鹿か?」
赤髪の目つきが強張り、俺たちの方へと歩み寄ってきた。
赤髪「ヒロコと俺らは友達なんだよ? 分かるかぁ?」
赤髪「お前らが何か吹き込んだんだろ? あぁ?」
俺「友達なわけねえだろ、お前らヒロコから金取ってるくせに」
そう言うと、赤髪はまた不気味な笑みを浮かべた。
赤髪「意味分かんねえw あれはギター代だから」
赤髪「てめえこそ何も知らねえくせに調子乗んなよ?」
赤髪はそう言って、どんどん俺たちに近づいてくる。
俺「お前らと縁を切ることは、ヒロコの意志だ。もう関わるな」
たじろぎながらそう言うと、赤髪がこちらに飛びかかってきた。
かと思うと、武智が低い姿勢で思い切りタックルし、赤髪を倒した。
赤髪は倒れ込んで咳き込むと、「ぐぅぅ!」とうめき声をあげた。
武智は「動くな!」と大声を出して赤髪を必死に押さえつける。
元々ラグビー部で、体格も良い武智がいて助かった。
すると短髪の方が勢い良く俺に近づいて、胸ぐらを掴んだ。
短髪「おい? どういうつもりなんだよ?」
俺は抵抗することもなく、「ヒロコにもう関わるな」と言った。
イケメン
不意に、髪を掴まれたかと思うと、俺は思い切り腹に膝蹴りを受けた。
激痛が走って、その場に沈み込んでしまう。
後ろに回り込んでいた吉谷が「てめえ!」と言って短髪を押し倒した。
痛みを堪えて起き上がり、すぐに吉谷を加勢する。
吉谷と短髪が倒れ込んでもみくちゃになっていたので、二人がかりで短髪を押さえつけた。
腹のみぞおちあたりが、すこぶる痛い。
どうやら、もろにもらってしまったらしい。
痛みで朦朧とし、額にはじっとりと嫌な汗をかいていた。
俺は必死に短髪の首根っこを押さえつけ、
「もう、ヒロコに関わるんじゃねえよ! こんな子いじめて何が楽しいんだよ!?」
と、体の底から叫んだ。
短髪はこの状況でもなお不敵な笑みを崩さず、
「じゃあ金だ。金さえ出したらもうほっといてやるよ……」
としゃがれた声でのたまうのだった。
俺「てめえ、ふざけんなよ!!」
俺がそう叫んだ瞬間だった。
ヒロコが短髪に近づいてきて、「ほらよ」と一万円札を差し出した。
短髪「あ?」
ヒロコ「もう、これで終わりにしてよ」
ヒロコ「言われた通りあげるから、もう関わらないで」
短髪はその一万円をむしるように受け取ると、
「最初から出せや」と悪態をついた。
俺たちが押さえていた手を緩めると、短髪は「離せクソ」と立ち上がった。
短髪「あー、もう来ねえよ。金さえパクれりゃこんな神社に用があるかよ」
短髪「もう二度と来るかっての」
赤髪も立ち上がり、「一生ギター遊びでもなんでもしてろ」と言い捨て、
ヤンキー2人はバイクにまたがり、けたたましい音と共に神社から去っていった。
バイクの音が遠ざかるまで、俺たちは黙ったままだった。
続きはまた明日か明後日に書きにきます
見てくれてる人、ありがとう~
ヤンキー撃退成功…なのか?
続きが楽しみ待ってるよ!
続きが待ち遠しいねぇ
続きを書いていきます~
俺「なんで、お金を?」
ヒロコ「あいつらの目的は、あたしから金を取ることだったしね」
ヒロコ「何もかも片付けるには、結局はこうするしかなかったと思う」
俺「そっか……」
なんだか悲しくなった。これは成功といえるのだろうか?
ヒロコ「それでも、みんながいなきゃあんなに強く言えなかったから」
ヒロコ「今日きっぱり縁が切れたのは、来てくれたおかげだよ」
弱々しい笑顔だった。無理してるんだろうな、と思った。
ヒロコ「本当にありがとう。1と……」
武智がぶっきらぼうに「武智」と言った。
続いて、吉谷も苦笑いで「吉谷」とだけ言った。
ヒロコは小さく微笑んで、「武智と吉谷も、ありがとう」とお礼を言った。
ヒロコ「1は蹴られたけど、大丈夫……?」
俺「蹴られた瞬間はやばかったけど、今はなんともないよ」
そう答えると、ヒロコは「よかった、みんな怪我しなくて」と安堵の表情を浮かべた。
武智「でもそれ、訴えたら暴行罪で勝てるよな~w」
吉谷「そういう発想が、お坊ちゃんって感じだよな俺ら。情けない」
武智「別にいいだろww」
緊張が緩んで、次第に和やかな雰囲気になっていく。
良かった。とりあえず俺たちは、あのヤンキーに勝ったんだ。
俺「でも、1万円なんて大金、大丈夫だったの?」
ヒロコは黙ってかぶりを振った。
ヒロコ「ほんとはね、あれでアンプを買いたくてずっと貯めてたんだけど……」
ヒロコ「でも……」
そう言うと、ヒロコはぽろぽろと涙を流した。
吉谷「え、ヒロコちゃんアンプ持ってなかったの?」
ヒロコ「ううん、持ってるけど、すごくボロボロだから」
ヒロコ「あたし、バンドしたかった。本当に、ただそれだけだった」
ヒロコは鼻をすすって泣き始めた。
ヒロコ「明日ね、夏祭りでステージがあるんだけど」
ヒロコ「そこで演奏したくて、あたし勝手に申し込んでたの」
それを聞いて俺たちは顔を見合わせた。
俺「え? 夏祭りって、ふもとの夏祭りだよね?」
ヒロコは目に涙を浮かべたまま、「そうだよ」と答えた。
俺たちが担任に「遊びに行ってもいい」と言われていたお祭りのことだ。
無論、俺たちはみんな行く気でいた。
そこで、ステージがあったなんて。