↑読んでてあぁ~ってなったわ
光景が目に浮かんだよ、すごい
それを聞いて「よっしゃ!」ともう一度思い切りペダルを踏んだ。
ひたすら道を下っていると、次第に町並みが変わっていき、
市街地のような場所に出てきた。
言われていた駅の前を過ぎ、ヒロコに促されるままお寺方面を目指した。
寺に近づいてくると人々の往来も増え、浴衣を着ている人や、
子どもの姿も目立ってきた。
お祭りの、浮かれた雰囲気が広がっていた。
交通整備の人が誘導灯を振って、人や車を捌いている。
吉谷「よし、着いた!」
俺「間に合った間に合った!」
俺たちは息も切れ切れに、自転車置き場に自転車をぶち込んだ。
ヒロコが駆け出し「早く早く!」と急かしている。
すっかりバテバテの足を引っ張って、それに付いて行く。
俺「受付って、どこでできるのさ」
ヒロコ「多分、奥に運営のテントがあるから、そこ」
寺の敷地内に入ると、そこら中に屋台が立っていた。
焼きとうもろこしやたこ焼きだの、醤油を焼いたような香ばしい匂いともに、
「いかがっすかー」という威勢のいい声が四方から響いている。
人の数も多く、走って進んでいくには、少し厳しかった。
それでもヒロコは、人混みをかき分けどんどん進んでいった。
はぐれたらヤバイと思い、俺も吉谷もヒロコを必死に追いかけた。
進んでいくと広場に行き着き、寺の本堂のようなものが目の前に見えた。
横には、派手に電飾の飾りが施されたお手製ステージのようなものがあり、
見上げると、「夏祭りフェスステージ」と看板が掲げられていた。
ヒロコはそれに構うこともなく、本堂の脇にあったテントへと、
一直線に向かっていった。
思った以上にしっかりとしたステージに少々驚いてると、
「二人ともこっちだよ!」と、ヒロコに呼ばれた。
運営テントの中では、ハッピを着たスタッフが慌ただしく動き回っている。
何人かのスタッフと会話をし、受付の手続きを済ませる。
「ぎりぎりでしたね」と笑われてしまった。
スタッフ「グループ名が無しになっていますが、このままでいいですか?」
それを聞いてヒロコが俺と吉谷の方を見たので、「あれでしょ」と助言した。
ヒロコ「バンド名は、『THE SUMMER HEARTS』でお願いします」
スタッフは「いい名前ですね」と笑って書面を訂正していた。
その後、どういう編成でどんな曲をやるかの説明を行った。
俺「あ、そうだ。マイクを2本用意してもらってもいいですか」
出し抜けに言ったので、吉谷が不思議そうに俺の方を見た。
吉谷「なんで2本?」
吉谷の質問に答えず、俺は「ヒロコ、いい?」と、ヒロコの顔を見つめた。
俺「マイク用意するから、歌いたくなったら歌いな」
俺「ハモリとかコーラスとか、そんなんじゃない。歌いたいとこで歌えばいい」
俺「言ってたろ? ブルーハーツを聴いてると元気になるって」
吉谷は「なるほどね」と納得した様子で頷いていた。
俺「だから、ヒロコも思い切り歌うんだよ。ステージの上で」
俺「それって、楽しそうだろ?」
ヒロコ「ほんとうに? あたし歌ってもいいの?」
ヒロコの顔に、笑顔が訪れた。
俺「もちろんだよ。俺と一緒に歌おう」
俺「ギター弾きながらだと難しいと思うけど、歌いたいとこだけでいい」
そう言うと、「あたし、頑張るね!」と両手を元気に振り回した。
その表情は嬉々として、まるで夏休み前の小学生みたいだった。
そんな無邪気な顔が、青色の鮮やかな浴衣にぴったりだった。
期待とワクワクと、ほんの少しの緊張。
そんなものが入り混じっていたんだと思う。
スタッフ「リハーサルはないので、直前に簡単に調整を行います」
スタッフ「7時にはステージが始まりますので、出番は多分7時半過ぎくらいかと思います」
その後、俺たちは運営テントを後にし、広場の隅のベンチに腰掛けた。
広場を囲うように、周辺には無数の出店があり、
頭上にはいくつもの提灯が揺れていた。
日はすっかり落ち、それらの賑やかな灯りでお寺の中は彩られていた。
暗い世界に、楽しげな灯りがいくつも揺れている。
どこからともなく、子どものはしゃぐ声が聞こえた。
まさしく、夏祭りが始まったんだな、と実感した。
ヒロコは出店を見てくると言って、一人で入口通りの方に行ってしまった。
ベンチには、俺と吉谷の二人だけが座っていた。
吉谷「なあ、一ついいか」
俺「なんだ?」
吉谷「渚のこと、黙ってて悪かったな」
「ああ……」と中途半端なニュアンスで返事をしてしまう。
吉谷「隠してるとか、そんなつもりじゃなかった」
吉谷「でも、俺も好きで……どうしようもなくなって」
吉谷「もっと早く、勇気を持って言えばよかった。ごめん」
通り過ぎる人の笑い声とか、出店で焼きそばを焼く景気の良い音とか、
なんだか色んな音が聞こえた気がした。
俺「別に、俺も怒ってるとかじゃない。吉谷がそう言ってくれてよかった」
俺「これで、きっぱり諦めがつくし。俺も次へ踏み出すだけだよ」
吉谷「…そうか」
しばらく会話が途切れて黙っていると、ヒロコがはしゃいだ様子で戻ってきた。
傍目から見ても、浮かれているのがすぐに分かる。
嬉しくて仕方ないのか、その表情は屈託のない笑顔だ。
ヒロコ「ねえねえ!すごいよ! なんか色々あった!」
落ち着かない様子で、通りの方を指差す。
俺「まあ、お祭りだからねぇ」
ヒロコ「すごいねすごいね!」
ヒロコの楽しさが伝わってきて、こっちまで笑顔になってしまう。
俺「何か買ってくればよかったのにww」
ヒロコは唇を噛み、首を横に振った。
ヒロコ「お金ないし、我慢だよ」
吉谷が、小声で(行って来い)と俺の背中を叩いた。
「ええ?」と戸惑っていると、(いいから)と釘をさされた。
俺「ヒロコ、おごってやるから一緒に行こうぜ」
ヒロコ「え、いいの?」
ヒロコはそう言うと、吉谷の方を見た。
吉谷「俺はここにいるから。二人で見てきな」
ヒロコと二人で、寺の入口通りを歩いた。
道の両側を埋め尽くすように出店が立ち並び、
慌ただしく人々が往来していた。
俺「そうだ、下駄履かなくていいの?」
ヒロコ「あ、そうだったね」
ヒロコはその場で袋から下駄を取り出し、履き替えた。
その際、背負っていた重そうなギターは俺が引き受けた。
「下駄なんて初めて履く!」と興奮しながら、
ヒロコは俺の数歩先を元気よく歩いて行く。
その度にカランカラン、と小気味良い音が響き、
一歩、また一歩と夏の終わりに近づいていくような気がした。
「へいお兄ちゃん、見てってね!」
焼きとうもろこし屋のおっちゃんに、声をかけられた。
醤油を焼いた、食欲をそそる香りが伝わってきた。
食べたい。正直腹が減った。
ヒロコも並べてあるとうもろこしを見て、「うまそ……」と声を漏らした。
その様子に笑って、「買う?ww」と聞くとヒロコは何度も頷いた。
でもすぐに、「我慢する。悪いし……」なんて言うもんだから、
「食べたいなら我慢すんな」と、ヒロコの分も一緒に買ってあげた。
二人して焼きとうもろこしにかじりつくと、
醤油の香ばしさともろこしの甘さが口の中に広がって、
「うまーー!!」と自然に声が出てしまった。
それがおかしくて俺もヒロコも笑いが止まらなかった。
ヒロコ「これがお祭りの味! すご!!」
ヒロコのリアクションは本当にオーバーで、
それが本当に可愛いと思ってしまった。
ヒロコは焼きとうもろこしも食べ終わらないうちに歩きだして、
「ねえねえあっちも!」と俺を急かした。
ついて行った先の出店には小さな子どもが群がっていた。
ヒロコ「ねえねえ、わたあめだよ!」
ヒロコは興奮した様子で、わたあめを作る機械を食い入るように見つめていた。
俺は「はいはい」と笑いながら、わたあめを二つ買った。
わたあめ屋のオヤジが気さくな人で、
「浴衣似合ってるじゃん」なんて調子良く言ってきて、
ヒロコは照れながらも「どうも」と嬉しそうだった。
ヒロコ「わ、なんか今あたしやばいかも」
両手にとうもろこしとわたあめを持って、にやつく。
俺「なんか、めっちゃはしゃいでる人みたいだww」
ヒロコ「ま、はしゃいでるけどね」
ヒロコはうっとりと両手のもろこしとわたあめを見つめたあと、
俺の方を見て意味もなくにこりと笑った。
その笑顔が、俺の心臓を叩いた気がした。
ヒロコが楽しんでいることが嬉しくて、
でもこの気持ちは、きっとそれだけじゃないんだろうなと思った。
すごく夏に戻りたくなってきた。
吉谷のために焼きそばを買って、広場に向かって二人で歩いていると、ヒロコが話し始めた。
ヒロコ「あたしね、お祭りって嫌いだったの」
俺「どうして?」
ヒロコは一口とうもろこしに噛み付いたあと、続ける。
ヒロコ「だって、みんなすごく楽しそうだから」
ヒロコ「そういうのって、なんて言うんだろう……すごく嫌いだった」
ヒロコ「変だよね。……ごめん」
しばらく考えて、優しく答えた。
俺「ううん、なんか分かる気がする。謝ることないよ」
ヒロコ「そう言ってくれると思ったけど」
ヒロコの表情に笑顔が戻った。
ヒロコ「でもね、今日はすっごい楽しい。だからね、お祭り好きになったかも」
俺「おお! それなら良かった」
しばらくして広場にたどり着くと、
ヒロコは「焼きそば!」と声をあげ吉谷のもとへ走っていった。
広場には、先ほどより随分人が集まってきていた。
「夏祭りフェス」の始まりが迫っていたのだ。
このお祭りのステージでは、バンドや楽器だけではなく、
ダンスや漫才、歌など、舞台上で出来ることならばなんでもOKだった。
その物珍しさに、地元の人がそれなりに集まってきているようだった。
広場のベンチに腰掛け、三人で駄弁って物を食べていると、
「夏祭りフェス」が始まった。
「みなさん、今年も始まりました!」
意気揚々と司会のお兄さんが口火を切り、広場内に拍手が巻き起こった。
ステージ上で歌を歌う女子高生や、ダンスを踊る大学生、
おじさんだらけのバンドなど、色んな人が思い思いのパフォーマンスをする。
しばらくすると、勉強を終えてバスでこちらに来たクラスメイトたちが、
続々と広場内に姿を現した。
武智と元気が寄ってきて、「かなり盛り上がってるじゃねえか!」と話しかけてきた。
委員長と渚も近づいてきて、ヒロコの浴衣の乱れを直していた。
それだけではない、クラスの半数以上の人が見に来てくれているようだった。
ステージ上の人が目まぐるしく入れ替わっていき、どんどん俺たちの出番が迫ってくる。
武智「あとどれくらいでお前たちの出番?」
吉谷がプログラムらしき紙を見て、「次の次……だな」と言った。
それを聞いて、緊張がピークに達した。
胸の鼓動は破裂しそうなほどに音を立て、手が小刻みに震える。
それは俺だけではないようで、ステージを見つめる吉谷の表情も強張っていた。
でも、ヒロコだけは違った。
遠い遠い夏の世界を垣間見てる気分
ヒロコ「ね、いい感じ?」
立ち上がって、両手を広げて浴衣を見せてきた。
近くにいた渚が「可愛いよ」と言った。
ヒロコは満足そうに「ありがとう」とお礼を言うと、
「二人とも、なに緊張してんの」とはつらつとした態度で笑みを浮かべた。
ヒロコ「あたし、今すごく嬉しい」
ヒロコ「だって、こんな素敵なステージでライブができるんだもん」
ヒロコ「ずっとずっと思ってた夢だから、嬉しい」
ヒロコ「だからさ、今日は三人で、夢を叶えよう」
ヒロコはそう言うと、少しもったいぶるように笑顔を見せた。
吉谷「よーーっしゃあああ!!」
突然吉谷が大声を出した。
委員長「うわ、どうしたの」
武智「気合が入ったかwwww」
吉谷がここまで感情を表に出すのは珍しいので、周りにいた人も驚いた。
吉谷「そうだよな! 思いっきりやって、夢を叶えよう!」
どうやら、吉谷は吹っ切れたようだ。
俺も真似して、「うおおおおお!!」と叫んだ。
するとヒロコも、「わああああああ!」と続けて叫んだ。
元気「気合入ったねぇww」
武智「なんだか青春って感じだな」
大声で叫んだら気持ちのモヤモヤが吹っ飛んで、少し落ち着いた。
その直後、運営テントから「THE SUMMER HEARTSの皆さん来てください~」と集合がかかった。
クラスメイトたちが、「頑張ってね!」「盛り上げるからなー」と手を振って見送ってくれた。
スタッフ「それでは、今ステージに上がっている人たちが終わったら、皆さんの出番ですので」
ドクン、ドクン、と鼓動の音が何度も響いた。
来る。もうすぐ出番が来る。
吉谷「大丈夫。土台は俺が固める。二人は好きにやれ」
吉谷は笑顔混じりで言った。
俺とヒロコは黙って頷いた。