忘れられない夏がある


 

9: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2016/12/31(土) 18:37:53.38 ID:3MW+u5AAo
町中まるごと影が伸びていくような気がした
↑読んでてあぁ~ってなったわ
光景が目に浮かんだよ、すごい

 

7: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 18:20:55.22 ID:oVMLduBOo

それを聞いて「よっしゃ!」ともう一度思い切りペダルを踏んだ。
ひたすら道を下っていると、次第に町並みが変わっていき、
市街地のような場所に出てきた。

言われていた駅の前を過ぎ、ヒロコに促されるままお寺方面を目指した。

寺に近づいてくると人々の往来も増え、浴衣を着ている人や、
子どもの姿も目立ってきた。
お祭りの、浮かれた雰囲気が広がっていた。

交通整備の人が誘導灯を振って、人や車を捌いている。





 

8: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 18:32:02.63 ID:oVMLduBOo

吉谷「よし、着いた!」
俺「間に合った間に合った!」
俺たちは息も切れ切れに、自転車置き場に自転車をぶち込んだ。

ヒロコが駆け出し「早く早く!」と急かしている。

すっかりバテバテの足を引っ張って、それに付いて行く。
俺「受付って、どこでできるのさ」
ヒロコ「多分、奥に運営のテントがあるから、そこ」

 

10: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 18:44:51.11 ID:oVMLduBOo

寺の敷地内に入ると、そこら中に屋台が立っていた。
焼きとうもろこしやたこ焼きだの、醤油を焼いたような香ばしい匂いともに、
「いかがっすかー」という威勢のいい声が四方から響いている。

人の数も多く、走って進んでいくには、少し厳しかった。
それでもヒロコは、人混みをかき分けどんどん進んでいった。

はぐれたらヤバイと思い、俺も吉谷もヒロコを必死に追いかけた。

 

11: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 18:52:23.11 ID:oVMLduBOo

進んでいくと広場に行き着き、寺の本堂のようなものが目の前に見えた。
横には、派手に電飾の飾りが施されたお手製ステージのようなものがあり、
見上げると、「夏祭りフェスステージ」と看板が掲げられていた。

ヒロコはそれに構うこともなく、本堂の脇にあったテントへと、
一直線に向かっていった。

思った以上にしっかりとしたステージに少々驚いてると、
「二人ともこっちだよ!」と、ヒロコに呼ばれた。

 

12: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 18:53:28.20 ID:oVMLduBOo

運営テントの中では、ハッピを着たスタッフが慌ただしく動き回っている。
何人かのスタッフと会話をし、受付の手続きを済ませる。
「ぎりぎりでしたね」と笑われてしまった。

スタッフ「グループ名が無しになっていますが、このままでいいですか?」
それを聞いてヒロコが俺と吉谷の方を見たので、「あれでしょ」と助言した。

ヒロコ「バンド名は、『THE SUMMER HEARTS』でお願いします」

 

13: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 18:58:44.12 ID:oVMLduBOo

スタッフは「いい名前ですね」と笑って書面を訂正していた。
その後、どういう編成でどんな曲をやるかの説明を行った。

俺「あ、そうだ。マイクを2本用意してもらってもいいですか」
出し抜けに言ったので、吉谷が不思議そうに俺の方を見た。

吉谷「なんで2本?」
吉谷の質問に答えず、俺は「ヒロコ、いい?」と、ヒロコの顔を見つめた。

 

14: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 19:02:39.30 ID:oVMLduBOo

俺「マイク用意するから、歌いたくなったら歌いな」
俺「ハモリとかコーラスとか、そんなんじゃない。歌いたいとこで歌えばいい」
俺「言ってたろ? ブルーハーツを聴いてると元気になるって」

吉谷は「なるほどね」と納得した様子で頷いていた。

俺「だから、ヒロコも思い切り歌うんだよ。ステージの上で」
俺「それって、楽しそうだろ?」

ヒロコ「ほんとうに? あたし歌ってもいいの?」
ヒロコの顔に、笑顔が訪れた。

 

15: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 19:10:03.70 ID:oVMLduBOo

俺「もちろんだよ。俺と一緒に歌おう」
俺「ギター弾きながらだと難しいと思うけど、歌いたいとこだけでいい」

そう言うと、「あたし、頑張るね!」と両手を元気に振り回した。
その表情は嬉々として、まるで夏休み前の小学生みたいだった。
そんな無邪気な顔が、青色の鮮やかな浴衣にぴったりだった。

期待とワクワクと、ほんの少しの緊張。
そんなものが入り混じっていたんだと思う。

 

16: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 22:11:02.03 ID:oVMLduBOo

スタッフ「リハーサルはないので、直前に簡単に調整を行います」
スタッフ「7時にはステージが始まりますので、出番は多分7時半過ぎくらいかと思います」

その後、俺たちは運営テントを後にし、広場の隅のベンチに腰掛けた。
広場を囲うように、周辺には無数の出店があり、
頭上にはいくつもの提灯が揺れていた。

日はすっかり落ち、それらの賑やかな灯りでお寺の中は彩られていた。





 

17: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 22:13:02.62 ID:oVMLduBOo

暗い世界に、楽しげな灯りがいくつも揺れている。
どこからともなく、子どものはしゃぐ声が聞こえた。
まさしく、夏祭りが始まったんだな、と実感した。

ヒロコは出店を見てくると言って、一人で入口通りの方に行ってしまった。
ベンチには、俺と吉谷の二人だけが座っていた。

吉谷「なあ、一ついいか」
俺「なんだ?」

 

18: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 22:21:27.56 ID:oVMLduBOo

吉谷「渚のこと、黙ってて悪かったな」
「ああ……」と中途半端なニュアンスで返事をしてしまう。

吉谷「隠してるとか、そんなつもりじゃなかった」
吉谷「でも、俺も好きで……どうしようもなくなって」
吉谷「もっと早く、勇気を持って言えばよかった。ごめん」

通り過ぎる人の笑い声とか、出店で焼きそばを焼く景気の良い音とか、
なんだか色んな音が聞こえた気がした。

 

19: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 22:27:20.18 ID:oVMLduBOo

俺「別に、俺も怒ってるとかじゃない。吉谷がそう言ってくれてよかった」
俺「これで、きっぱり諦めがつくし。俺も次へ踏み出すだけだよ」

吉谷「…そうか」

しばらく会話が途切れて黙っていると、ヒロコがはしゃいだ様子で戻ってきた。
傍目から見ても、浮かれているのがすぐに分かる。
嬉しくて仕方ないのか、その表情は屈託のない笑顔だ。

 

20: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 22:29:16.52 ID:oVMLduBOo

ヒロコ「ねえねえ!すごいよ! なんか色々あった!」
落ち着かない様子で、通りの方を指差す。

俺「まあ、お祭りだからねぇ」
ヒロコ「すごいねすごいね!」

ヒロコの楽しさが伝わってきて、こっちまで笑顔になってしまう。

俺「何か買ってくればよかったのにww」
ヒロコは唇を噛み、首を横に振った。
ヒロコ「お金ないし、我慢だよ」

 

21: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 22:30:02.69 ID:oVMLduBOo

吉谷が、小声で(行って来い)と俺の背中を叩いた。
「ええ?」と戸惑っていると、(いいから)と釘をさされた。

俺「ヒロコ、おごってやるから一緒に行こうぜ」
ヒロコ「え、いいの?」
ヒロコはそう言うと、吉谷の方を見た。

吉谷「俺はここにいるから。二人で見てきな」

 

22: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 22:32:55.32 ID:oVMLduBOo

ヒロコと二人で、寺の入口通りを歩いた。
道の両側を埋め尽くすように出店が立ち並び、
慌ただしく人々が往来していた。

俺「そうだ、下駄履かなくていいの?」
ヒロコ「あ、そうだったね」

ヒロコはその場で袋から下駄を取り出し、履き替えた。
その際、背負っていた重そうなギターは俺が引き受けた。

 

23: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 22:42:52.99 ID:oVMLduBOo

「下駄なんて初めて履く!」と興奮しながら、
ヒロコは俺の数歩先を元気よく歩いて行く。

その度にカランカラン、と小気味良い音が響き、
一歩、また一歩と夏の終わりに近づいていくような気がした。

「へいお兄ちゃん、見てってね!」

焼きとうもろこし屋のおっちゃんに、声をかけられた。

 

24: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 22:43:46.72 ID:oVMLduBOo

醤油を焼いた、食欲をそそる香りが伝わってきた。
食べたい。正直腹が減った。

ヒロコも並べてあるとうもろこしを見て、「うまそ……」と声を漏らした。
その様子に笑って、「買う?ww」と聞くとヒロコは何度も頷いた。
でもすぐに、「我慢する。悪いし……」なんて言うもんだから、
「食べたいなら我慢すんな」と、ヒロコの分も一緒に買ってあげた。





 

25: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 22:45:23.16 ID:oVMLduBOo

二人して焼きとうもろこしにかじりつくと、
醤油の香ばしさともろこしの甘さが口の中に広がって、
「うまーー!!」と自然に声が出てしまった。

それがおかしくて俺もヒロコも笑いが止まらなかった。

ヒロコ「これがお祭りの味! すご!!」
ヒロコのリアクションは本当にオーバーで、
それが本当に可愛いと思ってしまった。

 

26: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:01:52.04 ID:oVMLduBOo

ヒロコは焼きとうもろこしも食べ終わらないうちに歩きだして、
「ねえねえあっちも!」と俺を急かした。
ついて行った先の出店には小さな子どもが群がっていた。

ヒロコ「ねえねえ、わたあめだよ!」
ヒロコは興奮した様子で、わたあめを作る機械を食い入るように見つめていた。
俺は「はいはい」と笑いながら、わたあめを二つ買った。

 

27: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:02:27.99 ID:oVMLduBOo

わたあめ屋のオヤジが気さくな人で、
「浴衣似合ってるじゃん」なんて調子良く言ってきて、
ヒロコは照れながらも「どうも」と嬉しそうだった。

ヒロコ「わ、なんか今あたしやばいかも」
両手にとうもろこしとわたあめを持って、にやつく。
俺「なんか、めっちゃはしゃいでる人みたいだww」

 

28: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:04:49.43 ID:oVMLduBOo

ヒロコ「ま、はしゃいでるけどね」
ヒロコはうっとりと両手のもろこしとわたあめを見つめたあと、
俺の方を見て意味もなくにこりと笑った。

その笑顔が、俺の心臓を叩いた気がした。
ヒロコが楽しんでいることが嬉しくて、
でもこの気持ちは、きっとそれだけじゃないんだろうなと思った。

 

29: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2016/12/31(土) 23:06:53.08 ID:gS0O9RraO
夏祭り、いいなぁ…
すごく夏に戻りたくなってきた。

 

30: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:10:27.79 ID:oVMLduBOo

吉谷のために焼きそばを買って、広場に向かって二人で歩いていると、ヒロコが話し始めた。
ヒロコ「あたしね、お祭りって嫌いだったの」
俺「どうして?」

ヒロコは一口とうもろこしに噛み付いたあと、続ける。

ヒロコ「だって、みんなすごく楽しそうだから」
ヒロコ「そういうのって、なんて言うんだろう……すごく嫌いだった」

 

31: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:11:26.23 ID:oVMLduBOo

ヒロコ「変だよね。……ごめん」
しばらく考えて、優しく答えた。
俺「ううん、なんか分かる気がする。謝ることないよ」

ヒロコ「そう言ってくれると思ったけど」
ヒロコの表情に笑顔が戻った。

ヒロコ「でもね、今日はすっごい楽しい。だからね、お祭り好きになったかも」
俺「おお! それなら良かった」

 

32: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:12:48.65 ID:oVMLduBOo

しばらくして広場にたどり着くと、
ヒロコは「焼きそば!」と声をあげ吉谷のもとへ走っていった。

広場には、先ほどより随分人が集まってきていた。
「夏祭りフェス」の始まりが迫っていたのだ。

このお祭りのステージでは、バンドや楽器だけではなく、
ダンスや漫才、歌など、舞台上で出来ることならばなんでもOKだった。
その物珍しさに、地元の人がそれなりに集まってきているようだった。

 

33: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:13:25.48 ID:oVMLduBOo

広場のベンチに腰掛け、三人で駄弁って物を食べていると、
「夏祭りフェス」が始まった。
「みなさん、今年も始まりました!」
意気揚々と司会のお兄さんが口火を切り、広場内に拍手が巻き起こった。

ステージ上で歌を歌う女子高生や、ダンスを踊る大学生、
おじさんだらけのバンドなど、色んな人が思い思いのパフォーマンスをする。





 

34: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:23:37.21 ID:oVMLduBOo

しばらくすると、勉強を終えてバスでこちらに来たクラスメイトたちが、
続々と広場内に姿を現した。
武智と元気が寄ってきて、「かなり盛り上がってるじゃねえか!」と話しかけてきた。

委員長と渚も近づいてきて、ヒロコの浴衣の乱れを直していた。
それだけではない、クラスの半数以上の人が見に来てくれているようだった。

ステージ上の人が目まぐるしく入れ替わっていき、どんどん俺たちの出番が迫ってくる。

 

35: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:24:23.22 ID:oVMLduBOo

武智「あとどれくらいでお前たちの出番?」
吉谷がプログラムらしき紙を見て、「次の次……だな」と言った。
それを聞いて、緊張がピークに達した。

胸の鼓動は破裂しそうなほどに音を立て、手が小刻みに震える。
それは俺だけではないようで、ステージを見つめる吉谷の表情も強張っていた。
でも、ヒロコだけは違った。

 

36: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2016/12/31(土) 23:26:25.46 ID:7K2vpj9to
追いついたけどなかなか読ませるね
遠い遠い夏の世界を垣間見てる気分

 

37: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:28:11.38 ID:oVMLduBOo

ヒロコ「ね、いい感じ?」
立ち上がって、両手を広げて浴衣を見せてきた。
近くにいた渚が「可愛いよ」と言った。

ヒロコは満足そうに「ありがとう」とお礼を言うと、
「二人とも、なに緊張してんの」とはつらつとした態度で笑みを浮かべた。

ヒロコ「あたし、今すごく嬉しい」

 

38: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:46:06.14 ID:oVMLduBOo

ヒロコ「だって、こんな素敵なステージでライブができるんだもん」
ヒロコ「ずっとずっと思ってた夢だから、嬉しい」
ヒロコ「だからさ、今日は三人で、夢を叶えよう」

ヒロコはそう言うと、少しもったいぶるように笑顔を見せた。

吉谷「よーーっしゃあああ!!」
突然吉谷が大声を出した。

 

39: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:50:10.61 ID:oVMLduBOo

委員長「うわ、どうしたの」
武智「気合が入ったかwwww」
吉谷がここまで感情を表に出すのは珍しいので、周りにいた人も驚いた。

吉谷「そうだよな! 思いっきりやって、夢を叶えよう!」
どうやら、吉谷は吹っ切れたようだ。

俺も真似して、「うおおおおお!!」と叫んだ。
するとヒロコも、「わああああああ!」と続けて叫んだ。

 

40: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:07:47.04 ID:GsaCylkfo

元気「気合入ったねぇww」
武智「なんだか青春って感じだな」

大声で叫んだら気持ちのモヤモヤが吹っ飛んで、少し落ち着いた。

その直後、運営テントから「THE SUMMER HEARTSの皆さん来てください~」と集合がかかった。
クラスメイトたちが、「頑張ってね!」「盛り上げるからなー」と手を振って見送ってくれた。

 

41: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:12:44.16 ID:GsaCylkfo

スタッフ「それでは、今ステージに上がっている人たちが終わったら、皆さんの出番ですので」
ドクン、ドクン、と鼓動の音が何度も響いた。
来る。もうすぐ出番が来る。

吉谷「大丈夫。土台は俺が固める。二人は好きにやれ」
吉谷は笑顔混じりで言った。
俺とヒロコは黙って頷いた。