「では、一つ。この部屋は、そもそも何の為に存在しているのですか?」
「何の為。そちらからお答えいたしましょうか。ええと。ううん」
「人生を悔いるものがいないように。配慮と言ったところですかな」
「そして、部屋。これは、正しくもあり、正しくないと言えましょうか」
「もともとは、こちらの部屋は、とある方に貸していただいておりまして」
「こちらの方が、人も多く来るでしょう。そう言って、貸していただいたのです」
「その前は、こちらの街のはずれにある、とある豪邸にここはございました」
豪邸。あの部屋。もともとは、この部屋は一つの存在だったということか?
あのように大きな建物はこの近辺に一箇所しかない。間違いないだろう。
質問を間違えてはいけない。そう直感し、考えを巡らせ、僕は尋ねていく。
「僕はあそこに行きました。ごめんなさい。そして、白い部屋を見ました」
「ああ。となれば、ご自分の状態を確認された、ということでございますか」
「状態。それは、どういう意味ですか。それに、あの部屋はなんですか?」
「まだ、ご存知でない?」
「アカシック・レコードというものをご存知でございましょうか」
「全ての情報が記録されたところ。そういうふうに聞いたことくらいは」
「左様でございます。あれは、こちらで契約をいただいた方の記録でございます」
「そして、同時に自らの契約状況を確認する為の部屋でございますな」
ここまで言われれば僕だって馬鹿じゃない。殆どわかってきた。
僕の人生は一周目ではない。よわくてニューゲームを選択した。
「あと 1 回です」の表示。僕は、既に三周目の人生なのだ。
そして、残りの選択は、あと一度だけ。何のために?
それに分からない事もある。僕は自らの名前を告げた。
「ええ。存じております。あなたは、確かに、契約成立しております」
「ニューゲームが一周目。これは誰しもですが。そしてつよくてニューゲーム」
「その後。よわくてニューゲームを選択されていらっしゃいますよ。ええ」
そうなのか。僕はいつの間にか変な売買契約のようなものを結んでいたのか。
なら、何の為に。僕はわざわざこのようなステータスを選んだと言うのか?
「それは、どうでしょうねえ。やはり、重要な意味があるのでしょう」
「文字通り人生の選択なのです。誰もが一度はニューゲームを通ります」
「ですからそこから三回。正しくは合計四回やり直せるということです」
「坊ちゃんには人生をやり直すチャンスがまだ残っています。ですので」
何か意味があった、と。分からない。わざわざ弱さを選択するだろうか?
「余命。もう一度確認されたほうがよろしいかと存じますが」彼は言った。
あのカウントダウンは、残りの余命のことだったのか。やっと気付いた。
「もう一つだけ」
「わたくしは、人生を悔いることのないように。確かにそう言いました」
「ではこちらのメリットは。それは、様々な人生を見てみたいのですよ」
「人が想いのままに生きた結果。それが幸せだろうとそうでなかろうと」
「人生のチャンスとその結果の、等価交換です。万物でも、それに然り」
「わたくし共は、どこまでも、厳正たる存在であらねばなりませんので」
「皆様方には、わたくしが天使でもあり、悪魔にでも見えるでしょうが」
「どこまでやり直しても、結局は、確定されたチャンスは一回きりです」
「ですから。決して、後悔なさらないように過ごされる事を願うのです」
「最後に」
「よわくてニューゲームを選択し、幸せになったものは、いません」
「誰もが不幸に人生を終えるのです。やり直し地点までそれすらも」
「………」
「ありがとうございました」
「色々、考えてみます」
「はい」
「それでは、さようなら」
「ええ」
「行ってらっしゃいませ」
「坊ちゃん」
ドアが閉まる音が聞こえる。僕はその扉をじっと見つめていた。
帰ろう。そう思い背を向けたとき、彼の呟き声が聞こえてきた。
「ご学友は、彼の人生を確定させてほしい。そう仰りました」
その後の僕を待っていたのは精神的な疲労ばかりであった。
学校に行っても何をしても僕にはやる気というものが沸かなかった。
それは当然とも言える。どちらにせよ、もう一度やり直すのだから。
これは現実であって現実ではないのだ。やる気など沸くわけがない。
言うなれば、平行世界の一部と言ったところだろう。
故に僕はどんどん暗い人間になっていくことになるのも必然であろう。
以前気にかけてくれていた国語教師すらも僕を見て溜息を漏らすのだ。
そう言えば彼は彼女の事について解決したのだろうか。恐らくまだだ。
そういうわけで表面的には変化がなく、内面的に堕落していった。
ただもちろん母への感謝の念だけは欠かさず忘れずに心の中にある。
しかしその他に関してのやる気などとうにどこかに置き忘れていた。
ああこのまま死んじゃってもいいんじゃないかなあ、とも思った。
そして僕の悩みと言えば最後の選択をどうするかについてである。
そこで再び思い出したのが執事の言っていた余命のことだった。
思い出したのが中学三年生の冬を超えた一月末のことである。
その後には既に顔も頭も心も何もかもダメな男へと僕は変貌していた。
ただ日々教科書を開き勉強しているふりをしているだけのダメ人間である。
その姿をみて「すごいねえ」という母の笑顔に泥を塗っていると気付いた。
受験など意味を成さない。母はどこかやる気のなさを察していた気がする。
そこでも気になっていたのはやはり彼女のことであった。
卒業前日になった今も、告白する人間が後を絶たないのである。
しかし彼女は頑ならしかった。好きな人がいるとのことだった。
そりゃあ大層イケメンな存在なのだろうと落胆せざるを得ない。
しかしどうにも風の噂と言う名の盗み聞きだと普通の男らしいのである。
残念ながら僕は最底辺の男な故に該当しない。つまり失恋したのである。
何も努力せずに失恋に涙を流すあたり僕は相当ダメな人間だと言える。
しかしようやく失恋を味わった。これも次の人生への教訓になるだろう。
と、ここで僕は「失恋した」と感じている僕がいることに気がついた。
つまりは、日々彼女との会話を楽しみ、恋に焦がれていたということになる。
ああ、今になってわかるこの感情。来世では僕は彼女に出会えるのだろうか。
次に出会えたら僕は君に相応しい男になりたいものだ。そして、また、君に。
君に。僕は。君に。君。僕。また。大人。僕は。
君に。彼女に、告白。するんじゃ、なかった、のか。僕は。ああ。僕は、全て、思い、出した。
『いらっしゃいませ。なにぶん、広い屋敷ですが、こちらへどうぞ』
『ええ。ううん。広い家だなあ。ここって、本当に人生をやり直せるのですか』
『はい。嘘は申しません。新規契約の方でよろしかったでしょうか?』
『ああ。はい。では、あなたは、人生を三回やり直すことになる。よろしいですか』
『大丈夫です。僕は、後悔してるんです。告白しなければよかった、って』
『というと、失恋なされた。それに、その筒。もしや。ご卒業おめでとうございます』
『ありがとうございます。卒業式で告白して、ふられてしまって。いい思い出です』
『心中お察し致します。ですが、本当によろしいのですかな。契約しても』
『ええ。自分勝手ですが、僕は彼女と青春したかったんです。同じ高校へも行けなかった』
『彼女は頭がよかった。それに、大人になってからなら付き合う。そう言っていました』
『でも。僕たちが付き合いはじめるのは、時間に追われた社会人になってからなんです』
『それに。僕がいい男になる頃には、もっといい男と並んで歩いているんじゃないか、って』
『ははあ。なるほど。確かに、時間の流れは人を変えてしまいますから。確かに』
『僕と彼女は、似たもの同士だと思っていました。でも、やっぱり色々違うんです』
『ほう。どのように、でございましょうか』
『まず、僕は普通だ。でも、彼女は綺麗だし、頭もいい。しかも、いい女です』
『いい女。それは、素晴らしい。しかし、それがわかるあなたも、また、いい男なのでは』
『そんなことありません。僕は好きな人と一緒になりたい。即物的な願いでしょう』
『どうでしょうか。それは、普通の事なのではありませんでしょうか』
『時間はあっても、ないようなものなんだ。辛いよ。だから、僕はやり直すんだ』
『初恋の人なんだ。成就させたい。きっと迎えに行くんだ。ただそれだけなんです』
『両親も普通同士だったから出会えた。そう言ってました。なら、僕も強くなりたい』
『それで。他人の特別になりたいんです。最高の親なのに、僕は裏切ってしまうんだ』
『…僕が選ぶのは「つよくてニューゲーム」です。ありがとう。僕に協力してくれて』
『あ、そうだ』
『あなたは、どうして他人の人生をやり直させる協力をするのですか?』
『わたくし共は、人生を悔いるものがいないように。その為でございます』
『そうですか。なら、僕の居なくなった後、僕の家でも使ってください』
『ご家族は?』
『いつまでたっても新婚のようなんだ。この前、旅行に行ってしまって』
『左様でございますか。なぜ、わたくしに、家を貸していただけるのですか』
『だって、人が幸せになる可能性が、少しでもあがるんですよ。これって』
『こんなところでやるより、ずっと人も集まるし、多くの人が幸せになる』
『幸せは分かち合わないと。独り占めなんて、いけないことだと思いますし』
『…では、ありがたく頂戴致します』
僕は執事に目を覆われ、ゆっくりとまどろみの中に落ちていった。
ゆっくりと、ゆっくりと。現実から乖離していくような感覚があった。
そして完全にこの世界から外れてしまう直前に、彼の笑い声を聞いた。
『………』
『ふ、ふ、ふふ。ふ、ふふふ、ふ、ふふ…ふ、ふふふ』
『…面白い。普通だと言うのに、全くもって、あなたは普通を逸脱していますねえ』
『似たもの同士でない。あなたは、そう言いました。どこがでしょうか。わかりませんねえ』
『寸分違わず、鏡写しに、何もかも。全くもって、同じじゃあ、ありませんか』
『自分の為と言いながら、あなたは、他人の為に人生をやり直すのです』
『誰かの特別になる為に。他人の幸せを願う為に、わたくしに家を引き渡す、などと』
『女の為。他人の為。積み上げてきた人生を崩して。何もかもを捨てて。ああ、面白い』
『相思相愛ではございませんか。ああ、これは口止めされていたのでしたか』
『さようなら』
『…次に家に帰ってくることがあれば、わたくしはお迎えしましょう』
『おかえりなさいませ、と』
ニア・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム
・ニューゲーム
ニア・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム
『本日よりこちらでお世話になります。坊ちゃんのお世話をさせていただきます』
『そういえば、見たことあるな。つっても、思い出したの、最近だけどな』
『見ろよ。前の俺とは、ずいぶん違うだろ。ずっと前より格好よくなったはずだ』
『恐らく殆どの女性は、あなたを見て、振り向き、好意的になるでしょう』
『もうなってる。気分がいいのは、最初だけだ。少しうんざりもしてきたんだよ』
『頭もいい。顔もよくなった。喧嘩だって負けない。なのに、何でなんだ』
『難しいことでも話せるように経済学書だって買い漁って読んだ。すげえだろ』
『友達だっている。金もある。何もかもあるのに、あいつだけが居ないんだ』
『ああ。あの、女性の事でございますか。あの方とは、今どうなっておりますか』
『俺の事、やっぱり、覚えてねえみてえでな。辛い。でも、俺はすぐに分かった』
『記憶引き継いでるからだろうな。でも、癖とか仕草とか、まんま、あいつだった』
『俺。絶対。今度こそ、あいつと一緒になるんだ。待ってろ、すぐに見せてやるぜ』
『最近、あの方のお話も、もう、なされなくなりました。どうなさいましたか』
『どうもねえ。告白してくると思って待ってりゃあ、来ねえし。もう卒業前だ』
『勉強だって教えてやった。困ったことがありゃあ、助けもした。何でなんだよ』
『しかも、あいつは前より随分と暗くなっちまった。あんなのあいつじゃねえよ』
『あいつには、友達も、金も、家族だって居ない。なんでこんなふうになっちまった』
『なんなんだ。でも、俺はあいつが好きだ。この想いだけは変わらねえんだ』
『何もかもあいつじゃない。でも、俺はあいつが好きだ。どんなに変わっても』
『癖とか仕草。それを見てると、思い出すんだ。笑って話してた、あの頃を、全部』
『でも、なんでだ。明日は、卒業式だぜ。明日、俺はあいつに告白する。絶対に』
『…それで。やっと、俺はあいつと一緒になれるんだ。幸せは、もう、目の前なんだよ…』
『…ふられちまった。あなたは、弱い人の気持ちがわからないのよ。そう言われたよ』
『それは』
『いいんだ。慰めなんて、いらない。俺は確かに、そうだった。今になって気付いたよ』
『してやってる。やってる。押し付けがましいことばっかりだ。自信過剰のクソ野郎だ』
『この家も、貸してくれてありがとうな。最後に、あんたの飯、食わせてくれねえかな』
『あと、コーヒー。あんたの淹れるコーヒー、俺。正直言うと、かなり好きだったんだぜ』
『もう、時間ねえんだ。頼むよ。最後の願い。ああ、遺言ってやつかな。だせえな、俺』
『この家は、つよくてニューゲームのオプションでございます。あまりお気になさらずに』
『それでは、何かしらお作りいたしましょう。何か、召し上がりたいものはございますか』
『スイッチ。電灯のスイッチ。どこだ。ああ、ここか。しばらく入ってねえからわかんねえ』
『食堂。こんなふうになってたのか。いつもあんたに任せっきりだ。俺も何か、やってみたい』
『やべえ。皿欠けちまった。悪い。わざとじゃねえんだが、ああ、すまん。悪かったよ本当』
『最後の晩餐なんだ。冷蔵庫のもん、全部使っちまおうぜ。そんで、俺らで食っちまおうぜ』
『わたくしは、食事は必要ありません存在でございます。しかし、お付き合いいたしましょう』
『ありがとう。よかったらさ、俺のこと、忘れないでほしいんだ。こんなクソ野郎でもさ』
『かしこまりました。わたくしは、あなたの執事でございます。いつまでも、お呼びしますよ』
『坊ちゃん、と』
『飯。最高に美味かった。もう、俺は決めたよ。何もかもを。俺に賭けるよ』
『俺は、弱いやつの気持ちが分からない。だって、今の俺は、強いんだからな』
『だから、俺は弱くなる。どこまでも誰よりも弱くなる。最底辺になるんだ』
『俺はきっと、何もかも忘れるんだろう。でも、それでダメなら、俺はダメだ』
『あいつに相応しくない。その程度の愛だった。そういうことになるんだから』
『いつ思い出すかもわからない。でもさ。俺は、俺のことを信じてるんだぜ』
『誰よりもあいつの事が好きだ。それだけは、俺は誰になっても変わらない』
『絶対に幸せにするんだ。隣を歩ける大人な男になるんだ。人生を賭けてな』
『この親も、俺に大事な事を教えてくれた。今になって、やっとわかったよ』
『もう、ありがとう、って言えねえけどな。ごめんな、親父。お袋も、だ』
『あんたも。ありがとう。こんな俺に、ずっと尽くしてくれてて。ありがとう』
『あなたという存在にも、わたくしは心惹かれてたまらないのです。素晴らしい』
『わたくしは、あなたの幸せを、心から願っております。では、選んでください』
『あなたの人生を賭けた選択を。見せてください。何もかもを賭すだけの結末を』
『ああ』
『俺が選ぶのは』
『よわくてニューゲーム』
ニア・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム
・ニューゲーム
ニア・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム
・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
ニア・よわくてニューゲーム