僕の仕事は、主に、部屋の掃除でした
なぜ他人の部屋をわざわざ掃除するのかと言うと
自殺には身辺整理がつきものだからです
きちんと掃除して、遺書を残して死ねば
その人の自殺を疑う人は、まずいません
とにかく綺麗にすること、それが大事なのです
手順は以下の通り定められています
①その人の体をのっとる
②辛そうに振る舞う
③身の回りを綺麗にする(これが一番大変)
④遺書を書く
⑤死ぬ
そのとき標的となっていたのは
神経質そうな目をした女の子でした
結果的には、これが僕の最後の仕事となりました
それまで僕が自殺させてきたのは
いかにも悪いことをしていそうな人たちで
こんなに若く、無害そうな標的は初めてでした
華奢で色白で、視線は常に下を向いていて、
笑い方がとっても控えめな女の子でした
この女の子が七人目となる予定でした
スタンド使いか? 魔法使いか?
その両方か?
職業特権です
それでも標的とされている以上
悪い人間であることに間違いはありません
人の二、三人、平気で殺しているのでしょう
僕は目を閉じて、遠く離れた場所にいる
標的の顔を思い浮かべ、体をのっとりました
八月の、よく晴れた日のことです
最後の仕事が始まりました
標的は、窓の外を見ていました
場所は高校の教室で、授業中のようです
誰しも黒板とノートを交互に見て
忙しそうに板書を取っています
その中で、標的の女の子だけは、
のんびり外を眺めていたのでした
外は、特に面白いものがあるわけでもありません
バス停、ローソン、薬王堂、ジョイス、
やけに目立つボンカレーの看板、
いかにも田舎っぽい風景が広がっています
試しに、標的の手を動かしてみました
ペンが妙に大きく感じるのは
この子の手がそれほど小さいということなのでしょう
教師の板書を丁寧に写してみます
すらすら動いて、調子はよさそうです
標的が抵抗してくる様子もありません
ふと教師の顔を見ると、こちらを見て
驚いたような顔をしていました
その意味はもう少し後になってわかります
標的の女の子の出方をうかがうために
僕はノートに「はじめまして」と書きました
そこで一旦、操作を解きます
標的は自分の手を開いたり閉じたりして
自由になれたことを確認していました
自分が操作されている自覚はあるようです
人によってはそれさえも気づかないのですが
標的は、自分の書いた「はじめまして」を
興味深そうにじっと見つめていました
それ以上の反応はありませんでした
授業が終わり、昼休みが始まります
再び標的の体を乗っ取ります
ここからが本番です
まずは標的の知人に対して、
標的が辛そうにしている姿を見せる必要があります
ためいきを増やしたり、口数を減らしたり、
いつもと違うことを言わせたり
そうすることで、「自殺の前兆はあった」と
周りが思い込み、自殺にリアリティが出るのです
僕は教室を見回して、標的の友人を探しました
しかし、話しかけてくる人どころか、
こちらに視線を向ける者さえいません
皆、それぞれに固まって、昼食をとりはじめます
僕は誰かが声をかけてくれるのを待っていました
昼休みの半分まで来ても
標的は取り残されていました
僕はそこでようやく気付きます、
この教室で、この子(標的)が孤立しているのは
とっても自然な状態なのだということに
どうやら標的は、いわゆる「ひとりぼっち」のようでした
困ったことになったと思いましたが、
良く考えてみると、好都合なことでした
周りと接点のない人物というのは
いつ死んでも説得力があるからです
インタビューされた同級生に
「無口な人だった」の一言で片づけられるような
「その他」のカテゴリーに属する人種
しばらく放っておくことにしました
なにせ、することがありません
標的は、理想的な「自殺しそうな人」を、
黙っていても演じてくれるようでした
僕は標的の操作を一時的に解除しました
僕はアパートの一室から標的を操っていました
顔さえ知っていれば、どこからでも操れるのです
目覚ましを合わせ、僕は昼寝を始めました
人を操るには体力がいります
次の仕事は、一番大変な「身辺整理」です
それまでに体調を万全にしておく必要がありました
目を覚まして標的の様子をうかがうと、
ちょうど最後の授業が終わり、標的が、
誰よりも早く教室を出るところでした
部活には入っていないようです
ウォークマンのイヤホンを耳に差し込むと
標的の女の子はまっすぐ家に帰しました
彼女が帰宅し、自室に入ったところで
僕は再び体をのっとりました
標的の目を通して部屋を見渡します
「なんだこれは?」というのが
僕が最初に抱いた感想です
しばらく途方に暮れてしまいました
だって、身辺整理しようにも、
最低限の家具と教科書類以外
その部屋にはなんにもないのです
雑誌も、本も、テレビも、パソコンも、
クッションも、ぬいぐるみも、観葉植物も、
その部屋には、なーんにもないのです
慣れた僕でも、人によっては
五時間くらいかかる身辺整理が、
この子だと、二分で済んでしまいました
唯一のゴミは、酒瓶でした
一番下の引き出しに、いくつか入っていました
僕は嬉々として瓶を袋に詰めましたが、
よくよく考えると、酒瓶に関しては、
置いてあった方が自殺者らしくなるので、
もとあった場所に戻しておきました
唯一、人間性を感じさせるものとして、
棚に無造作に置かれたCDがありました
それを聞くためのプレイヤーと、ヘッドホンも
アレサ・フランクリン、ジャニス・ジョプリン、
ビリー・ホリデイ、ベッシー・スミス
いかにも憂鬱な人間のチョイスでした
これに関しても、部屋に置いてあった方が
自殺者らしくなるので、放っておきました
こんなに楽な仕事は初めてでした
お膳立てされていたといってもいいくらいです
今すぐ自殺させても、何の問題もないくらいでした
下手に僕が手を加えないほうがよさそうです
拍子抜けと言うか、騙されているような気さえしました
とは言え、楽であるに越したことはありません
仕上げに、標的の手で、遺書を書かせます
世界史の教科書の端を破り取って、そこに
「むなしいので死にます」と書きました
多分、この女の子が遺書を書くとしたら、
ごくごくシンプルで、誰のせいにもせず、
それでいて案外切実なことを書くと思ったのです
遺書をポケットに入れて、
家を出ようとしたときでした
標的の女の子が、初めて反抗しました
それも、信じられないほど強い力で、です
危うくコントロール権を奪回されるところでした
「待って」と標的は口を動かしました
無理に動かしたので、唇が切れ、
そこから血が流れだしました
驚く半面、僕は安心してもいました
このままだと、上手く行き過ぎて
逆に気味が悪いと思ったからです
「遺書の文面を、少しだけ、弄らせてほしいんです」
僕は自分で言う代わりに少女に喋らせます
「どういうことだ?」
傍から見ると、女の子の独り言です
少女は答えます
「『面倒なので死にます』に変えさせてくれませんか?」
「どうして?」
「こいつなんか、死んだ方が良かったんだ、
って思わせたいんです。できることなら」
僕はしばらく黙っていましたが、
それくらいはいいか、と思い、
文面を彼女の言う通りに直しました
標的の口が、「ありがとうございます」と
言おうとしたのが分かりました
結局、命乞いは一度もされずに終わりそうです
いったいこいつは何を考えているんだろう?
そこで僕はふと、あることに気付きます
ひょっとするとこの女の子は、初めから
自殺する気でいたのではないでしょうか
身辺整理も済んで、遺書の内容も決めて、
ただ、踏ん切りがつかずにいたのではないでしょうか
だとすると、僕のやっていることは
自分では決心をつけられずにいた自殺志願者を
望みどおりに殺してやる、というだけのことになります
そういうのは、僕の望むところではありませんでした
死にたがっている人を殺すのはつまらないことです
殺す前に少し、この女の子をいじめてやろう
そう僕は思ったのでした
標的の体をのっとり、遺書とは別の書き置きを用意し、
それを居間のテーブルに置いて、僕は家を出ました
女の子には、これから一晩中歩いてもらうことにします
面白そうだ
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