「八人、自殺させました。標的は十九歳から七十二歳まで。
男が六人、女が二人。四人は飛び降りで処理しました。
ロープが三人で、あとの一人はカミソリです」
「あなたもそうだと思うんですが、ある日突然、
人の体をのっとれるようになって、同時に、
自分が何をしなければならないのかが分かりました」
「最初の一人の他は、上手いことやれたと思います。
この仕事の良いところは、一人自殺させるたびに、
自分も死んで、生まれ変わったような気分になれることでした」
「あなたは、どうして自分がその能力を
持つようになったのか、分かりますか?」
僕は首をふりました
「これはあくまで私の予想に過ぎませんが、
あなたにバトンが受け継がれたのは、
おそらく、私が人を殺すのをやめたせいです。
九人目で、私はありがちなミスを犯しました。
同情してしまったんです、標的に対して」
「とたんに私の能力は失われました。
その後で、私が逃した標的は、自殺しました
たぶん、私の代わりに、後任が現れたんでしょうね。
私はもう使えないって判断されたんでしょう」
標的が顔を上げて聞いてきます
「あなたが初めて殺したのって、二十代の女性でしょう?
茶髪でセミロング、背は高め、指が綺麗な女の人」
僕が黙っているのを、標的は肯定と受け取ったようでした
「あの人のこと、私、殺せなかったんですよ。
だって、あの人、笑っちゃいますよね、ああ見えて、
写真とお喋りするのが一番の娯楽なんですよ。
理由はわからないけど、そういうのって、
すごくげんなりさせられるじゃないですか」
「あの人を見逃してからしばらくして、
私は人の体をのっとる力を失いました。
更にしばらくして、今度は、体をのっとられたんです」
標的は僕を指差して言います、「あなたに」
ほしゅ。
「いわゆる”用済み”ってやつなんでしょうね。
前任者は後任者に消されるシステムなんでしょう」
「私が自殺させた人の中にも、ひょっとすると、
以前は私と同じようなことをしていた人がいたのかもしれません」
「だから」、標的は笑って言います
「殺しちゃった方が、話は早いでしょう?
そうしないと、次はあなたも狙われますしね」
続き気になる
答える代わりに、僕はまたこの質問を口にしました
「結局お前は、殺されたがってるのか?」
「そうするのが、一番なんだと思います」
「”お前”が、殺されたがってるのか?」
「私、ですか。……そうですね、死ぬのは怖いです、
でもそれ以上に、死んだ方が楽だろうなあと思ってます。
うん、そうですね。たぶん私は殺されたいんです」
「なら話は早い」と僕は言います、
「楽になる手伝いなんてごめんだね。
俺は、お前には、『今死ぬわけにはいかない』
って悔しがりながら死んで欲しいんだ」
標的は無表情に僕を見つめます
「その前にあなたが死ぬと思いますよ」
「いいさ。死んだ方が楽だろうと思うしな」
「……まねしないでください」
「アグラオネマは直射日光に弱い」
「はい?」首を傾げつつ、標的は植木鉢に目をやります
「しかし、明るい場所で育てる必要はある。
変な表現だが、『明るい日陰』におくといい」
「……あの、私、もうすぐ死ぬんですよ?
あなたが殺さなくても、別の誰かが殺しますし」
「高温多湿を好むから、暖かい場所に置いて、
一日一回は霧吹きで葉に水をかけてやれ。
水も、やりすぎない程度にたっぷりな」
「育てませんってば」
「ついでに言うと、高価な植物だ。
あの手のウイスキーが十本くらい買える」
「ええっ」標的の体がこわばります
頭の中は酒瓶でいっぱいなのでしょう
「枯らしてしまったときは、お前の体を乗っ取って、
クラスメイトに『友達になってください』って言って回る」
「そういうのはほんとにやめてください。
アグラ……ムドゥ……なんでしたっけ?」
「カーティシーでいい。覚えろ」
「かーてぃしー」
「そうだ」
「あおぞらです」
「……ん?」僕は星空を見上げます
「私の名前です。覚えてください」
「ああ、名前か。知ってるよ」
「くもりぞらではないです」
「青空だろ。確かに似合わない名前だよ」
「それで、あなたの名前は?」
「くもりぞらだ」と僕は言います
「まねしないでくださいってば」
「本当だよ。すばらしい偶然だな」
「ふうん。似合う名前で良かったですね」
青空は拗ねたような顔をして言います
「……それで、私はこれ、カーティシーを、
このまま持って帰るんですか?」
「そりゃあそうだ」
「恥ずかしいなあ」
「恥ずかしい思いは、これから沢山してもらう」
「今日のだけで死にそうなんですけどね」
「人はそう簡単には死なない」
「あなたが言うと説得力がありますね」
「さて、そろそろ解散といくか」
青空の顔を見つめながら、僕は言います
「なんだかお前、いきいきしてきたからな」
青空は痛いところをつかれて
慌てて緩んでいた表情を引き締め
「別に、そんな」と言いながら顔を赤くします
”実は人と話すのが好き”などと思われるのは
青空のような者にとっては最も苦痛なことなのです
「さようなら、くもりぞらさん」
青空は公園を出て行きました
逃げるように早足で出て行ったので
公園の前にいた人に気づきませんでした
青空のクラスメイトの男は
公園から出てきた青空を見たあと
その手に抱えられた植木鉢を見て
見てはいけないものを見たように目を逸らしました
すかさず僕は青空の体をのっとります
感じの良い笑顔で「こんばんは」と言います
相手の男は、とても困った顔をしましたが
「ちわっす」と頭を軽く下げました
クラスメイトの男が去って行くと
青空は僕のところまで戻ってきて言います
「いったい、なにがしたいんですか?」
よほど恥ずかしかったのか、涙目になっています
「お前がしたくないことをお前にをさせたい。
お前がしたいことはお前にさせたくない」
「変な人と思われたじゃないですか、
公園から植物盗んだ人みたいじゃないですか」
「いいじゃないか、どうせ死ぬんだろ?」
「確かにそうですけど、それでも、死ぬ直前まで、
死んだ後の自分を想像する自分はいるんですよ」
「いいことを言う、その通りだ。だからやりがいがある」
呆れたような顔で青空が僕に言います
「女子高生に嫌がらせして楽しいですか?」
「楽しいぜ。今度やってみな
それからも毎日、僕は青空が知人と出会うたびに
礼儀正しく挨拶させ、時には会話までさせました
周りが少しずつ、青空が口を開いても
違和感を覚えなくなってきたところで、
惜しくも課外授業が終わってしまいます
最期の授業が終わった後、
青空はまっさきに教室を出ると思いきや、
ノートの隅に、おそらく僕に向けた
メッセージを書きはじめました
青空は、以前僕がそうしていたように、
ブランコに腰掛けて待っていました
「こんばんは、くもりぞらさん」
真夏日の昼間で、ブランコの椅子は
ひどく熱を持っていました
カーティシーの育て方について、
今のやり方で合っているのか確認したい、
というのが青空の要望でした
話を聞く限り、青空の育て方に
特に間違った点はなさそうでした
俺あたまおかしい
「糞暑いな」と僕は汗を拭います
「落としてあげましょうか、川とかに。涼しげですし」
僕は無視してシーブリーズを体に塗ります
「いつか落としてやりますからね」
青空は僕に小石を定期的に投げてきます
僕は青空の体をのっとり、水飲み場で
おでこで水を飲ませてやります
制服までびしょ濡れになった青空は、
「涼しげでいいです」とブランコに座って言います
「お前はもう夏休みか。残念だな」と僕は言います
「もっと色々やらせようと思ってたんだが」
「夏休み大好きです」と青空はばんざいします
「人と会わなくて済むし、家にいられるし。
お酒は誰かが捨てたから飲めませんが」
「人と会うのも、外に出るのも嫌なのか」
僕がそう聞くと、青空は「しまった」という顔をして、
「ええと……どちらかと言えば」と濁します
青空の体をのっとり、僕はポケットをまさぐります
ところが目当てのものは見つかりません
しかたなく、操作をいったん解除します
「お前」僕は聞きます、「携帯はどうした?」
「携帯? 持ってませんよ、そんなもの」
「携帯電話を持ってない? 今時の女子高生が?」
「必要ないことくらい見ればわかるでしょう。
いままで気付かなかったんですか?」
前髪をしぼりながら青空は言います
確かに、青空が携帯電話を持っても、
目覚し時計と化すのが目に見えています