あ。ああ。あ。あああああ。僕は、僕は。僕は彼女と人生を歩むために、選んだ。
あああ。彼女に相応しい男になる為に。大人な男になって、約束を果たすために。
何もかもを捨てて、全て、彼女の為に。選んで。選んで、もう、僕は、ダメだ。
どれを選んでも、僕はダメだった。もう、何を選んでも、結果は変わらないんだ。
ああああああああああああああ。僕は。何をしていた?思い出せるチャンスはあった。
いくらでもあったじゃないか。思い出せば思い出すほどそれは奇妙だったじゃないか。
僕は自転車に飛び乗りあのマンションへと向かった。彼は全てを知っていた。
僕を坊ちゃんと呼ぶ理由も。躊躇いもなく僕にコーヒーを差し出した理由も。
彼は先生には聞いていたじゃないか。何を飲むかと確認していたはずだった。
彼は僕が忘れているか確認していたのだ。「まだ、ご存知でない?」とも。
あの部屋。あの部屋は。一周目に僕が住んでいた、普通の家じゃないか。
人にぶつかりそうになりながら僕はあの部屋を目指した。六階。七号室。僕の家を。
僕は激しくドアを叩く。いるんでしょう。入りますから。僕はドアノブを捻った。
「…おかえりなさいませ。坊ちゃん」
「ただいま。あなたは、二周目の、僕の執事だった」
「あなたは何もかもを知っていた。どうして、僕の前に現れなかったのですか」
「それは、これが、よわくてニューゲームだからでございます」
「人間の最下層。最底辺。何もかもが劣っている存在を望まれたものですから」
「しかし」
「坊ちゃんはこのままでは幸せにはなれません。不幸せのまま、人生の選択を迫られるのです」
「坊ちゃんは…ああ。ちょうど、今から二十四時間後に人生をやり直すことを選ばれた」
「残り86400秒。86399秒。刻一刻と時刻は迫っております。もう、お時間は残ってはいません」
「なら、助けてくれないか。僕を。彼女と。一緒になりたいんだ。頼むよ。お願いだ」
「なりません。わたくしは、厳正たる存在でなければなりませんので。申し訳ございません」
「そんな。僕の執事なんでしょう。助けてください。お願いします。何でも。何でもするから」
「いいえ。直接手を貸すなど、わたくしには出来ないのです。そう決まっておりますゆえに」
「それでも幸せになりたいのなら。わたくしから、一言。あなたがたは、すれ違ったのです」
「それでは、そろそろお時間です。次にお会いするならば、最後の選択のときなのでしょう」
「行ってらっしゃいませ。坊ちゃん」
あと 86262 秒です。
ニア ・おわる
超おもろい
僕は彼に抱えられて外に出された。固く扉は閉ざされた。人の気配もしない。
彼は消えたのだろうか。分からない。けれど、僕はもう会えない気がした。
時間はない。残された時間は二十四時間を切っている。全てを覆さないと。
家に戻り、僕は布団の中で考えた。彼の最後の言葉。すれ違ったのだ、と。
あなたがた。
あなたがた、というと。やはり、彼女の事なのだろうが。
ならば「すれ違った」とは、何のことを指しているんだ?
すれ違った。確かに僕たちは、今現状すれ違っていると言っていい。
ならば、どうしてすれ違ったんだろう。そう。あの日からなのだ。
そうだ。彼は言った。「人生を確定させてほしい」と言っていたと。
確定。
彼女は毎日あそこへ通っていた。なぜ?要求が通らなかったからと言える。
なら、どうして要求が通らなかった。契約の内容に反する事柄だから、か?
そう考えれば、何が契約内容に反する?三回やり直す点に関してか?
まずはそう考えてみよう。ならば、どうなる。彼女はそういうことか。
となれば、合点はいく。彼女だった。僕より前にあの部屋に居たのは。
だって、僕は思ったはずなんだ。あの人の名前の画面を見て、驚いた。
「…そこに、僕の名前もあったからだっけ」そう思ったはずなんだ。
そりゃあ驚かざるを得ないよ。僕の名前もそこにあったんだから。
それに「つよくてニューゲーム」を選んだ、彼女の名前もあったんだから。
「ねえ。お母さん。僕。話があるんだ。これが最後になると思う」
僕は早朝に起床し、帰ってきた母に対して開口一番にそう告げた。
母は「ふっ」と軽く息をはき「どっか、遠い所でも行くの?」だ。
最後まで、僕の母は僕より一枚上手ないい女だなあと思っている。
「お母さん。違うかな。あなた、かな。ごめんなさい。親不孝で」
「事情はわかんない。まだ卒業式まで、時間あるでしょ。教えて」
僕はこれまでの事を歪曲も誇張もせずに全て主観的に語っていった。
「すごいねえ」とか「こわい」とかいうあたり、お母さんらしい。
「僕には、他に四人も親がいるんだ。信じられないことだけど、本当なんだ」
「もしかしたら、あなたの本当の子供じゃないかもしれない。ごめんなさい」
「僕は、帰ってくるかもしれないし、帰ってこないかもしれないんです。僕」
「僕は僕じゃなくなって帰ってくるかもしれない。そうしたら、本当の子供が」
「いいのよ。子供はあんただけ。他に誰もいない。弱くて不細工なあたしの子」
「なのに、誰よりも強い、あたしの子だから」
「あんたがあたしみたいな母親でも、いたって覚えててくれれば、それでいいのよ」
「美人で性格もいい器量よし。たまにあばずれで、酔っぱらいのあたしのことをね」
「あんたが忘れても、あたしが覚えてる。あんたは、あたしの特別な子なんだもん」
「僕は。僕は、忘れません。育てていただいたことも。料理の味も。何一つだって」
「でも。僕は、何一つ、恩返しができなかった。やっとこれからだって思ったのに」
「馬鹿ねえ。あんたやっぱりあたしの子だわ。いい男なのに、本当に馬鹿なのよね」
「あんたが生まれた時点で、十分恩返しになってんのよ。くさいこと言わせないで」
「何度人生やり直したって、あんたはあたしの子供なの。だから、胸を張りなさい」
「あたしが、育てたのよ。いい男に決まってる。あんたを振る女は、ろくでなしよ」
「一つだけ、あたしの願いが叶うなら。あんたは、嫌かもしれないけれど」
「また、あたしの子に、生まれてきてほしい」
「話は終わり。違う人間なら、あたしの所へ会いに来ること。約束よ。絶対だから」
「そんでその女連れてきなさい。信じてるけど、あたしも見てみないと気が済まない」
「それにね。あたしはあんたに教えたでしょ。他人の為にやり直せる人生を、って」
「親のいうこと聞いて実行する子供が、親不孝者って思う?鳶が鷹を産んだんだから」
「ほら行ってこい不細工。あたし卒業式行かないから。泣くとこみられたくないもの」
僕は涙を拭い、母に礼を告げた。今までありがとうございました、と。
帰ってこれる保証はない。どうなるかだってわからないのだ。だから。
「僕は、あなたの事を、最高の母親だと思います。生まれてきてよかったと思います」
「僕は、さようなら、なんて言いません。だって、別れの挨拶でしょう?」
「だから」
「行ってきます。お母さん」
「行ってらっしゃい、馬鹿息子」
午前八時に到着し彼女の姿を探した。だが、彼女はどこにも居なかった。
そのまま開会式だったり挨拶やらでそのまま九時。しかし現れない。
十時。十一時。それでも、現れない。彼女は、何をしているんだ?
十一時半過ぎ。
長々としたPTAの挨拶途中に僕は腹が痛いと席を立ち、僕は走った。
一周目と二周目の挨拶はこうも長くなかった。難易度の差なのか?
「よわくて」とは周囲の環境も恐らく入っているのだろう。くそ。
どこにいる?田舎の学校だ、そこそこには広い。彼女はどこにいる?
一室一室見回っていたら時間がない。だが、見落としがあってもいけない。
彼女の名前を叫びながら一階から四階、渡り廊下からプールも走った。
まさか、彼女は学校には来ていない?そんなことがあってたまるものか。
校庭は見渡せばどこにいるか分かる。見渡せば。そうだ。屋上しかない。
十一時五十八分。
僕は走った。間に合ってくれ。僕は彼女に一言言うだけでいいんだ。
好きだと。僕は君が好きだと。付き合ってほしい、それだけでいい。
僕が消え去る、その一瞬までもを賭して。
あと 104 秒です。
ニア ・おわる
あと 82 秒です。
ニア ・おわる
あと 65 秒です。
ニア ・おわる
あと 48 秒です。
ニア ・おわる
あと 30 秒です。
ニア ・おわる
あと 15 秒です。
ニア ・おわる
あと 12 秒です。
ニア ・おわる
僕は屋上へと続く階段を登りきり、ドアを開け放った。
直射日光が僕の目へと入ってくる。前が見えない。
あと 8 秒です。
ニア ・おわる
ああ、誰かが振り向いた。彼女でなければ、僕は。
目をこらして、手で光を遮り、僕は前を見てみる。
あと 3 秒です。
ニア ・おわる
彼女だ。彼女。ああ、僕は大きく息を吸い込んだ。
叫ぶだけだ。想いが伝わってくれれば。それだけで。
「僕は、君が――――――――――」
あと 0 秒です。
ニア ・おわる
G A M E O V E R
「残念ながら、坊ちゃんの三周目はここで終了となります」
「僕は。間に合わなかった。そういうことになるのですか」
「ええ。最後まで言えておりません。でも察したでしょう」
「情けない話です。僕は、やはり弱かったということかな」
「そういうことでございます。では、次の選択に移ります」
「………」
「聞いておられますか。次の選択に移るのです。坊ちゃん」
「ううむ。わたくしの主人とは思えないですな。本当に…」
「本当に、素晴らしい」
「わたくしは、あの結末が、気になってたまらないのです」
「ですが、わたくしが直接手を貸すわけには参りませんで」
「ならば」
「貸せないのなら、わたくしが、返せばよいのですから」
「わたくしは、あくまでも、厳正たる存在でなければなりません」
「そして使命と言えば、人生を悔いることのないように。それです」
「そして坊ちゃんは、他人の幸福を願われました。ただひたすらに」
「そう。わたくしの幸せを願った」
「家を貸す。坊ちゃんは、確かにわたくしにそれを譲渡致しました」
「貸し『与えた』のです」
「わたくしは以前、言いました」
「―――――等価交換です。万物でも、それに然り、と」
「万物」
「では、わたくしは、坊ちゃんの求める何を返せばよいのでしょう?」
「わたくしは執事でございますゆえ、求めるものも把握しております」
「時間」
「わたくしの力では、せいぜい、少しの時間でございますけれども」
「これは、決して、神に背いているのではございませんよ。ふふふ」
「神の構築したルールに則り、わたくしはルールを乗っ取るのです」
「では、良い余生を。後ほど、お待ちしておりますので」
あと 0 秒です。
ニア ・おわる
G A M E O V E R
あと - 秒です。
ニア ・おわる
あと 600 秒です。
ニア ・おわる
「――――――――――好きだ」
「付き合ってほしい。僕と付き合ってほしい。君が好きだ」
「僕は合計四十五年も生きた。十分大人だって言えると思う」
「大人になった。君もだ。君ももう、四十五歳くらいだろ」
「あなた。ああ。もう、全部思い出してしまったのかしら」
「そういうことだよ」
「僕には時間がないんだ。答えが聞きたい」
「わたしにも、時間なんてないわよ。あと十分くらいかしら」
「僕と同じだ。余命十分。なんだかロマンティックだと思う」
「じゃあ、答え合わせをしましょうか。何から話せばいいかしら」
「わたしはあなたをふった後に、あなたがあそこへ入っていくのを見た」
「都市伝説なんて、嘘だと思った。でも万一。そう思って止めに行った」
「わたしはそれより先にあそこへ行っていて、彼に待たされていたのよ」
そして後から僕がきて、手短に「要件」という名の契約を済ませた。
彼女は驚いただろう。先回りしたのに既に僕は契約済みなのだから。
「もうあなたには会えない。わたしのせい。そう思ったら、後悔した」
「あんな事言わなければ。好きだったのに。付き合っていたなら、と」
「だから、わたしも彼と契約したわよ。あなたとの約束を守るために」
けれど、ここからが誤算だったというわけだ。予想が正しければ、だが。
彼は言っていた。僕らはすれ違ったのだ、と。彼女の一言を待っていた。
「わたしは、挫折を知らなかった。何も知らない、ただの箱入り娘よ」
「あなたはわたしのせいで挫折を知った。同じ立場になろうと思った」
「だから、わたしは選んだの」
「よわくてニューゲームを」
「二周目。わたしは最後の最後。選択を迫られる直前になって、あなたに気付いた」
「人も違うし、顔も違う。何もかも違う。それはわたしも全く同様の条件だったわ」
「親に暴力は振るわれて、いじめられて。でも、そんなとき、あなたに出会ってた」
「でも、そんなあなたをわたしは好かなかった」
「その辺は、きっと今になって、少しだけ理解してくれているとは思うのだけれど」
「まあ、言い訳できないほど、ひどかったもんなあ。あんなの、僕じゃないと思う」
「三周目。つよくてニューゲームを選んだ。あなたはよわくてニューゲームだった」
「あなたはわたしが声をかけて友達になっても、わたしの事に気が付かなかったの」
「小学校に上がってもそう。何もかもを忘れているようだった。ちょっと傷ついた」
「でも、わたしもそうだったもの。ごめんなさい」
「いいよ。ぼくだって忘れてた。なんていうか、お互い様なんだって」
「彼の言ってたすれ違い。やっぱり、この事だったんだよ」
「僕らは、互い違いを選んでいたんだ。互いが互いを思った為にできた、すれ違い」