賢者「興味深いと思って付き合ってきましたが、いくらなんでも荒唐無稽に過ぎます」
賢者「全てが真実だとして、魔王討伐後に記録すればいいだけの部分でどうしてお茶を濁すのですか」
賢者「そもそも魔王城の構造や出没モンスターの件は、あらかじめ知る方法がないとは言いきれませんし」
僧侶「賢者さん!」
勇者「いや当然だ。オレ以外にとってははじめから理解のしようがない話だからな」
勇者「むしろ鵜呑みにされるのも不安だったところだ。賢者みたいな批判的思考は逆に欠けてはならないと思う」
僧侶「えっええっ」
勇者「ただ賢者、これだけは信じてくれ」
勇者「オレの行動理念は、世界中の人々はもちろん、この場の仲間全員にも」
勇者「満足に平和な日々を送らせること。にある。それ以外の無意味な行動は一切していないつもりだ」
賢者「……その割には、モンスター闘技場では馬鹿みたいに手に汗にぎっていましたけどね」
僧侶「ぱ、ぱふぱふのお姉さんに一人でついていったりもしました!」
勇者「い、いやその話はもう! だからあれは!」
賢者「……」
勇者「こら賢者いま笑ったな!」
賢者「とにかく時の保存書が機能するのは、魔王討伐前のみという前提で考えるべきですか」
勇者「あ、ああ。そういうことだな。いいのか? 信用して」
賢者「実は少しゆさぶってみただけなんです。申し訳ありません」
賢者「もとより勇者さんがどう答えようとも、私は平和な世が訪れるその日まで貴方に従う所存です」
勇者「賢者。ありがとう」
僧侶「わ、私もですよっ!」
勇者「ああ、僧侶もありがとう」
僧侶「は、はいっ。あ、い、いえっ」
賢者「では話を戻しますが、明日はどうするつもりなのですか」
勇者「まずは魔王を倒してからいろいろ試す」
賢者「わかりました」
僧侶「あ、あの勇者様、私たちは魔王と戦うのは初めてなんですけど、その」
勇者「大丈夫。一度は勝った全く同じ相手と、もう一戦交えるだけだ」
勇者「明日の魔王戦はいつもと同じように命令させてくれればいい。今のオレ達なら勝てるからな。大丈夫だ」
僧侶「は、はいっ!」
――
勇者「おはようみんな、準備はいいか」
僧侶「大丈夫です!」
賢者「いつでも」
戦士「待てちょっと筋肉痛が」
勇者「よしいざ出陣だ」
ゆうしゃは ルーラをとなえた! ▼
【魔王城】
勇者「今回は魔王を倒すつもりで乗り込むけど、みんな無理だけはしないでくれ」
賢者「といっても一度ガサをいれたダンジョンなど恐るるに足りませんが」
僧侶「神よ、どうか我らにご加護を……」
戦士「うーん肩だ。あと腰も少し……」
勇者「よし、みんな行くぞ!」
勇者(しかし本命が魔王討伐後に控えてるとなると、どうもこれ前座気分が拭えないな)
【魔王の間・扉】
賢者「さしたる消耗もなしにここまで来れましたね」
僧侶「勇者様のおかげですねっ」
勇者「みんなのお陰だよ。それじゃ開けるぞ」
賢者「どうぞ」 僧侶「えっちょっ、ちょっと」 戦士「おいちょっと待て!」
勇者「なんだ? ああそうか、みんなはこの先は初めてだったな」
僧侶「そ、そうですね。心の準備がまだ……」
戦士「さすがに最終決戦だからな! 気合入れなおすぜ!」
賢者「しかし勇者さんは一度倒してるのですよね? 気楽に構えていいと思いますが」
勇者「さすが賢者は違うな」
僧侶「わ、私はもう大丈夫です!」
戦士「俺もなぜか筋肉痛完治したぜ!」
勇者「よしそれじゃ開けるぞ。念のため言っておくが一度開けたらもう引き返せないからな」
戦士「おいなんだそりゃ聞いてね」
勇者「もう開けた」
【魔王の間】
魔王『ゆうしゃよ。よくぞここまできた……』
勇者「魔王!」
僧侶「ま、魔王……なんて膨大な魔力……」
戦士「こいつが魔王か! なんか勇者の書いた絵にニュアンスが似てるな!」
賢者「印象付けされているとどうも緊張感に欠けますね」
魔王『おまえのながいたびも ここでおわりだ。わがまりょくによって ほろびるがよい!』
勇者「やはり一字一句変わらないのか」
僧侶「き、きます!」
戦士「魔王おおうううおおおお!!」
戦士のこうげき! まおうに××のダメージを あたえた! ▼
勇者「また勝手に始めやがった! 僧侶はフバーハ、賢者はバイキルトを!」
僧侶「は、はいっ」
賢者「次の形態が控えてます。体力魔力ともに温存しながら戦いましょう」
勇者「いくぞ! お前をいま一度打ち倒し、今度こそ平和な日々を手に入れてやる!」
――
勇者「これがとどめだ!」
ゆうしゃの こうげき!
まおうに ××のダメージを あたえた!
まおうを たおした!! ▼
真魔王『ぐおおおっ。おのれにんげんどもめ』
真魔王『だが このからだくちようとも わがたましいはえいえんにふめつ。ぐふっ』
勇者「……」
僧侶「……終わったのですね。私たち、本当にやりとげたんですね!」
戦士「っしゃあああ! これで世界が救われたぜ!!」
賢者「さすがに呆気なかったとは言いませんが、絶妙な物足りなさでしたね」
僧侶「勇者様がひとつも無駄な指示を出さなかったおかげです!」
戦士「っしゃあああ勇者最高! ってどうした勇者! もっと喜べよ!!」
勇者「あ、ああ、すまない。でもオレからしてみればここからが正念場だからな」
賢者「時間との戦いというわけですか」
勇者「ああ。そこが決着しない限り、今のこの瞬間もすべて無駄になってしまうからな」
ゆうしゃは ルーラをとなえた! ▼
僧侶「? こ、ここは隣国の城?」
戦士「おい勇者どこ行くんだよ! 俺たちの城はここじゃないだろ!」
勇者「分かってる。だがいま優先すべきは、冒険の書――いや、時の保存書だ」
勇者「前回は確か、まっすぐ自分たちの王のもとへ向かった。もちろん魔王を倒したことの報告も兼ねてだが」
勇者「あの時のオレは、王と話して新たな記録を刻もうとしていたはずだ。だがそれが叶っていない」
勇者「最後に途切れた記憶もあわせて考えると、いまオレたちの王に会いに行くのはまずい気がする」
賢者「それで別の王のもとで冒険の書を更新するというわけですね」
勇者「ああ」
戦士「ちぇーなんでえ! カッコよくガイセンする気満々だったのに!」
僧侶「そうですよっ、魔王を倒したんですよ? もう何も憂いはないはずじゃないですか」
勇者「すまないな。まだ戦いは終わってないんだ。それどころかもしかすると」
勇者「魔王とは比べ物にならないほどの強大な敵を相手にしているのかもしれない」
勇者「だが安心してくれ。必ず勝つ。そしてみんなで平和な日々を過ごそう」
【隣国の王の間】
隣国の王「そなたこそ まことのゆうしゃよ!」
勇者「ありがとうございます。あのところで、冒険の書の記録をしたいのですが」
隣国の王「冒険の書……? はて、それは?」
勇者「これです。あなたにも記録して頂いたおぼえがあるのですが」
隣国の王「なんの話であろうか? ワシは知らんぞ?」
勇者「えっ? ですからこれです! お忘れになったのですか?」
隣国の王「ふむ、見せてみよ。……ううむ、やはり見覚えがないな」
勇者「そんなはずは」
隣国の王「この……冒険の足跡が刻まれた日記帳が、どうしたというのだ?」
勇者「日記帳? 日記帳ですって? まさか――」
勇者(まさか冒険の書本来の効力が失われて、本当にただの日記帳になってしまったのか!?)
僧侶「勇者様、おかえりなさい! どうでしたか? 用事は済みましたかっ?」
勇者「……まだだ。ルーラをとなえる。こうなったらアテは全部回るからな」
――
賢者「結局どこもダメでしたか」
勇者「……念のため、形だけでも記録の手順を演じてもらったが、間違いなく効果はないだろう」
勇者「分かるんだ。いつもの手ごたえというか感触というか、そういうのでな」
賢者「他に記録してもらえる場所は残っていませんが、これは八方塞がりですか?」
勇者「どうもそうらしい。……だが、一応他の方法も考えてみて」
戦士「おい、いい加減にしろ!」
勇者「!」
戦士「なんだって魔王を倒したってのにあちこち道草しなきゃなんねーんだよ!」
戦士「打ち倒す魔物はもういないんだろ! いま、平和ってやつなんだろ!」
戦士「こんなおあずけ状態、ガマンできねーぜ! とっとと帰って、王様からたんまりご褒美もらっちゃおうぜ!」
僧侶「……わ、私も戦士さんに賛成です。勇者様、顔に疲れが出てます……早く帰りましょう?」
賢者「みなさん、勇者さんはただ」
勇者「いや、いい。冒険の書が機能しないんじゃ、もうほとんどお手上げ状態だしな」
勇者「帰ろう。……言うとおり、もう疲れたしな……」
ゆうしゃは ルーラを となえた! ▼
【城下町】
戦士「よっしゃー帰ってきたぜ俺らの本拠地! テンション上がってきた!」
僧侶「早く王様に挨拶を済ませて、ゆっくり休みましょうね、勇者様」
勇者「ああ……。……」
町人A「あっ勇者様だ! 勇者様がやっと帰ってきたぞ!」
町人B「あまりに帰りが遅いから、王様は本人なしで勇者様を称えるところだったんですよ!」
町人C「無事に帰ってきてよかった! 勇者様ばんざい! 魔王を打ち倒した勇者様ばんざい!」
戦士「ほらみろ。主役がいないのに勝手に式を挙げられるところだったんだぜ!」
勇者「式を……勝手に……?」
賢者「また何か気がかりが?」
勇者「……ここに来なかったら、勝手に式を挙げられていた?」
僧侶「そ、そうですよ! そんなこと、納得いきませんよねっ」
戦士「ほらーとっとと城に行くぜー!」
勇者(……もしオレの予想が正しければ……魔王を倒した時点でもう……)
【城】
兵士「あなたこそ まことの ゆうしゃ!」
兵士「さあ おうさまが おまちかねですぞ!」
戦士「へへ、城の中も歓迎ムードだな!」
僧侶「平和になった実感がわいてきますね!」
勇者「……」
僧侶「勇者様……?」
勇者「あ。ああ、確かに平和だな。確かに、今この瞬間は平和だ……」
賢者「足取りが重いようですね」
勇者「そんなことは」
賢者「勇者さんの話では、このあと何か恐ろしいことが起こるとのことですが」
勇者「憶えていたか。ま、たぶん大丈夫さ! 今は……この一時をみんなで味わおう」
賢者「……はい。勇者さんがそう言うなら」
僧侶「……勇者様……」
兵士「さあ おうさまが おまちかねですぞ!」
【王の間】
王「ゆうしゃよ よくぞ だいまおうを たおした!」
王「こころから れいを いうぞ! そなたこそ まことの ゆうしゃ!」
王「そなたのことは えいえんに かたりつがれてゆくであろう!」
戦士「よっしゃー凱旋だー!」
賢者「……別に何かが起きる様子も……」
僧侶「あ、あの勇者様、勇者様はこれから、その」
勇者「待て」
勇者「みんな」
そして でんせつが はじまった!
・
・
・
THE END
王「よくぞ もどった!」
王「ではゆくがよい! ゆうしゃよ!」
勇者「……」
勇者「えっ?」
戦士「前から思ってたけど、わざわざ王様の前でコレ記録するのになんの意味があんのかねえ!」
戦士「だってそうだろ? そんなもん俺らで勝手に書けばいーじゃん!」
僧侶「儀礼的な様式美ですよっ。今までだって欠かさずやってきたことでしょう?」
賢者「まぁ無骨で大ざっぱな戦士さんには縁遠い話ですが」
戦士「なにおう!」
勇者「…………」
勇者「王様」
勇者「少しお話があるのですが」
――
【宿屋】
勇者(王は冒険の書の『記録方法だけ』をなぜか知っている。結局得られた情報はそれだけだった)
勇者(由来も仕組みも作用も知らないとなると……王様すらこの見えざる力の駒に過ぎないのだろうか……)
賢者「勇者さん、一体どうしたのですか?」
戦士「なんだって王様にあんな妙なことばっかり聞いたんだよ?」
僧侶「勇者様、疲れてるみたいです……」
勇者「ああ、すまない」
勇者「今から全部話す……」
――
賢者「冒険の書の正体が『時の保存書』……? 本当に私が名づけたのですか?」
僧侶「に、二回も魔王を倒しているなんて。間違いないのですか?」
勇者「オレ視点では証明された。もうみんな魔王城というダンジョンは攻略済みなんだろ?」
勇者「一番最初に巻き戻しが起こった時点から、時間が進んでいる。冒険の書の効力は決定的だ」
戦士「Zzz」
勇者「前回の魔王討伐で、いくつかの重大なヒントを得た」
勇者「まず魔王を倒してしまった後は、冒険の書はその時点以降は効力を失う。王様たちまで影響してな」
勇者「そして魔王討伐後にオレたちの王に謁見すると……時間が巻き戻されてしまう」
勇者「……は正しくないな。正確には、『始まってしまう』だ」
僧侶「な、何が始まってしまうのですか?」
勇者「分からない。分からないけど、『それ』が始まってしまうと、オレたちにはもうどうしようもない」
勇者「どうしようもないから、時間が巻き戻るしかない……という理屈が出来上がってる気がする」
賢者「言ってる意味がよく分かりませんが」
勇者「要するに『王への魔王討伐報告』が巻き戻しの引き金、って認識でいいと思う」
賢者「……でしたら魔王を倒した後、我々の王に会わなければいいだけの話ではないですか?」
僧侶「えっ!」 戦士「なんで!」
勇者「さすがに真っ先にそれは考えたけど……どうも上手くいかない気がする」
賢者「なぜですか?」
勇者「勘だ。はっきりした根拠はない。――だから今回は、実際にその線を検証してみるとする」
戦士「Zzz」