僧侶「ちょ、ちょっと待ってください」
勇者「ん?」
僧侶「なにもかも話が急すぎて……私と賢者さんと戦士さんは、まだ魔王に会ったことすらないんですよ?」
勇者「ああ、まだ絵に描いてなかったっけ? ちょっと待ってくれ」
賢者「いえ勇者さんの絵はもういいです。それより、私にも僧侶さんが言いたいことは分かります」
賢者「突拍子がなさすぎるのです。私たちはまだ、勇者さんの過ごしたという未来の時間を、一片も経験していません」
僧侶「そ、そうです。魔王を倒したあとの世界なんて、簡単には想像できないんですよう」
勇者「……そうか。そうだな」
僧侶「あっでもっ、決して勇者様を信じてないわけではっ!」
勇者「いや、オレの配慮不足だった。『ここまで』の流れで全部鵜呑みにしろってのも無理があるよな」
勇者「そもそも魔王城の構造や出没モンスターの件は、あらかじめ知る方法がないとは言いきれない。だろ、賢者」
賢者「えっ。まあ。はい」
勇者「だから今度は、より信用に足る情報を伝えようと思う。まぁ結局未来予知の形になるけどな」
僧侶「そ、それはっ!?」
勇者「な、なんでそこで乗り出すんだよ。ただの魔王のデータだよ」
勇者「これが魔王の体力だ。大体このくらいだ」
僧侶「戦士さんの通常攻撃で45~50回分……?」
勇者「そしてこれが魔王の攻撃力・防御力・素早さ」
賢者「この数値は?」
勇者「オレを基準の100として表してみた。魔王は大体そのくらいだ」
勇者「これが二回の魔王戦で、魔王が取った各行動の大体の回数」
僧侶「す、すごいっ」
勇者「見て分かる通り、形態が変わってからはブレス攻撃の頻度が高くなってるな」
勇者「だがその分、いてつく波動の割合が少なくなってる。真魔王戦は積極的に補助呪文を使うべきだ」
僧侶「さ、さすが勇者様ですっ! もう魔王は倒したも同然ですね!」
勇者「二回も倒したから分かるんだけどな」
賢者「……とても信じられませんが、全てがもしこの通りであれば、勇者さんの話を信じてもよさそうです」
勇者「明日証明されるさ」
勇者(それにしても毎回これ解説するの面倒だな。何か考えとくか)
戦士「Zzz」
――
勇者「おはようみんな、準備はいいか」
僧侶「ばっちりです!」
賢者「いいですとも」
戦士「待てちょっと風邪気味だ」
勇者「よしいざ出陣だ」
ゆうしゃは ルーラをとなえた! ▼
【魔王城城門】
勇者「よしちゃっちゃか行くぞ、すぐやるぞ」
賢者「昨晩のデータが真実であれば、魔王など恐るるに足りませんが」
僧侶「神よ、どうか我らにご加護を……」
戦士「うーん喉も腫れてる。あと鼻水も少し……」
勇者「よし、みんな行くぞ!」
勇者(しかし魔王を倒すという本来の目的が、すっかり冒険の書検証の手段になってしまったな)
――
勇者「これがとどめだ!」
ゆうしゃの こうげき!
まおうに ××のダメージを あたえた!
まおうを たおした!! ▼
真魔王『ぐおおおっ。おのれにんげんどもめ。だが このからだくちようとも』
勇者「わがたましいはえいえんにふめつ」
真魔王・勇者『ぐふっ」
僧侶「……終わったのですね。私たち、本当にやりとげたんですね!」
戦士「っしゃあああ! これで世界が救われたぜ!!」
賢者「さすがに呆気なかったですね」
僧侶「勇者様がひとつも無駄な指示を出さなかったおかげです!」
戦士「っしゃあああ勇者最高! ってどうした勇者! もっと喜べよ!!」
勇者「さすがに三度目ともなると達成感がないや」
賢者「ではこのあとは?」
勇者「ああ。みんなで逃避行といこうか」
――
【孤島の小屋】
戦士「だーかーらー! なんで城に戻んねんだよお!」
勇者「昨晩そういう話だったんだよ。爆睡していたお前が悪い」
戦士「だって俺ら、魔王倒した英雄なんだぜ? なんだってこんなコソコソ隠れる必要があんだよー!」
賢者「城に戻れば、『何か』が起こって時間が巻き戻ってしまう……信じられない話ですが」
賢者「勇者さんの魔王攻略データは驚くべき精度でした。もはや疑おうにも反論が用意できません」
僧侶「わ、私たちはしばらくここで暮らしていくのでしょうか? 誰にも見つからないようにしながら……」
勇者「そうなる。あるいはそれが正解なのかもしれない」
戦士「なんで!?」
勇者「だが、おそらく上手くいかない。きっと半日も経たず分かるさ。あいや、みんなは分からないか……」
賢者「勇者さんの勘だと、また巻き戻しが起こるのですね」
勇者「ああ。でもま、もし起こればまたヒントが増える、起こらなければ御の字。楽観的に考えてるさ」
戦士「俺だけでも解放してくれよおっ!」
勇者「ダメ。一人も城に戻らせない。今回はそういう実験だからな」
者「ところで時間のあるうちに、みんなにやって欲しいことがあるんだが」
戦士「ヤダ!」 勇者「めいれいさせろ!」 戦士「ヤダー!」
僧侶「や、やって欲しいことってなんでしょうか?」
勇者「ああ、実は巻き戻しが起こるたびに、逐一みんなの信用を得るのが面倒になってな」
勇者「それに今回は魔王の情報だったけど、それで確実な信用を得るためには実際に魔王と戦わないといけないだろう?」
勇者「おそらくこのループを解決するには、『魔王を倒す前』に何か行動するしかないと思うんだよな」
賢者「何が言いたいのですか?」
勇者「要するにてっとり早く信用を得られるような、みんなの『呪文』を教えて欲しいわけだ」
戦士「俺は死ぬまでMPないぞ!」
勇者「キーワードってことだ。今から、オレがそれを言えばすぐに信用してもらえるような『呪文』を紙に書いてくれ」
勇者「次に巻き戻しが起こったときに、それぞれにその呪文を言う。そうすれば冒険の書攻略がやりやすくなる」
僧侶「え、えっとつまり何を書けばいいのですか?」
勇者「極力自分しか知り得ないようなことだよ。何でもいい、秘密とか、思い出とか」
戦士「なんでお前にそんなこと教えなきゃいけないんだよ!」
勇者「教えてくれたらこの30万ゴールドはお前のものだ」 戦士「よしきた!」
勇者「ちなみに呪文を書いた紙は、当然ながら過去の時間に持ち込めないからな」
勇者「オレがその呪文を覚えるしかない。つーわけで書いたらオレのところまで持ってきてくれ」
僧侶「ええっ。い、いまここで確認するのですかっ?」
勇者「じゃないと間違えていたとき後々面倒になるしな」
僧侶「え、ええっと。ええっと……」
戦士「うがー思いつかねえ!」
賢者「できました」
僧侶「ええっ」
勇者「さすが賢者早い、どれどれ。……? これが呪文か?」
賢者「まぁ呪文です。多分過去の私は分かります」
勇者「はぁ。お前にとっては何か意味深いものなんだろうな」
賢者「ちゃんと今の私からのメッセージであることを伝えてくださいね」
勇者「分かった」
賢者「また、その呪文はできるだけ練習はしないでくださいね」
勇者「? 分かった。……うーんやっぱり分からん。賢者の考えることは」
僧侶「……ゆ、勇者様、できました!」
勇者「おし見せてみろ」
僧侶「は、はいっ」
勇者「よし覚えた。ちなみにこれ、何が?」
僧侶「あ、や、やっぱり分かりませんよね?」
勇者「まぁオレが知らない方が都合がいいけどな」
僧侶「そ、それでいいんです!」
勇者「で、戦士。あとはお前だけだが」 僧侶「えっ終わり……」
戦士「んーこれしか思いつかなかった!」
勇者「あまり凝ったのは期待してないが見せてみろ」
勇者「……。お前これは誰の言葉だ?」
戦士「親父の遺言だ! 俺と親父しか知らんはずだ!」
勇者「そうか……それならそうと事前に言ってくれりゃよかったのに」
戦士「膳立てはいらねえ! 自分の実力じゃねーとな!」
勇者「そうか。お前はバカだけど、いいバカだな」 戦士「あんっ!?」
勇者「約束の30万ゴールドだ。これ全部お前のな」
戦士「ほほーい! こんだけありゃ当分暮らしには困らねぇ!」
賢者「それで勇者様、今後どうするのですか」
勇者「考える。もしまた巻き戻しが起こってしまった場合を想定して」
賢者「もし起こらなければ?」
勇者「……そのときも考えなくちゃならない」
勇者「さすがに一生ここに住む訳にもいかないし、かといって城に戻るのもはばかられるし」
賢者「私は別にここに骨をうずめても構いませんが。賢者の隠遁生活など珍しくないですから」
僧侶「わ、私も……皆さんが残るなら、私も残ります!」
勇者「ありがとう。まあでも、とりあえず一日ぐらい様子をみてからの話だな」
勇者(何事も起こらなければ、それで冒険の書は暫定的ながら攻略成功だ)
勇者(正解は魔王討伐後の王への謁見を回避することだった、ということになる)
勇者(……けれど、どうもそんなことで決着がつくとは思えないんだよな)
戦士「あ!? ここから出してもらえないんじゃーこんな大金意味ねーじゃん!」
戦士「意味ねーじゃんっ!!」 勇者「うるさい静かにしろ」
賢者「勇者さん、一つ提案があります」
勇者「なんだ?」
賢者「その前に確かめておきたいのですが、今回巻き戻しが起こらなかったとして」
賢者「勇者さんはこれからここで暮らしていくことに抵抗はないのですか?」
僧侶「!」
戦士「そうだよ! なんで救世主ご一行がこんなヘンピなトコでひっそり暮らさないといけないんだよ!」
賢者「どうなのですか勇者さん」
勇者「そうだなぁ。オレはこれから先、平和な時間が過ごせればそれで満足だよ」
勇者「そりゃーオレだって帰るべき場所はあるよ? でも、時間を巻き戻される方が嫌なんだよな」
勇者「おかげで魔王との戦いはずいぶん楽になったけど、全部パァになるってのに慣れた訳じゃない」
勇者「なにより『今この場で』語りあっているみんなと別れるのが辛いよ。だから現状が保てるなら、それでいいんだ」
僧侶「勇者様っ……!」
戦士「勇者……お前……もう一回説明してくれ! いいこと言ったんだろうが、よく分からんかった……!」
賢者「分かりました。提案というのは大したことではありません」
賢者「その冒険の書、いっそのこと焼き払ってはいかがでしょうか?」 勇者「!」
賢者「冒険の書が巻き戻しのカギというなら、今その根源を断ってしまえばいいのでは?」
賢者「勇者さんは今後再び、時間の巻き戻しが起こる可能性を危惧しているようにみえますが」
賢者「その憂いも冒険の書がいつまでも手元にあるせいかもしれません」
勇者「なるほど……」
賢者「もちろん、冒険の書を抹消することも巻き戻しの引き金だった、などの危険はないとは言い切れませんが」
賢者「少なくとも『今』の冒険の書は、各地の王の反応から分かるように効力を失っています」
賢者「よってさしたる影響はないと私は思います。それは無意味の裏返しですが、試してみる価値はあるかと」
勇者「冒険の書の……抹消。その発想には至れなかったな」
勇者「オレは冒険の書を完結させることばかり考えていたが、こいつはもともと完結し得ない物なのかもしれないな……」
僧侶「勇者様!」
勇者「どうした?」
僧侶「そろそろご飯にしませんか? この島、身体にいい薬草がたくさん生えているんですよっ」
戦士「腹減った! 魚獲ってきた! 食う!」
勇者「ああ……頼む!」
ゆうしゃは メラを となえた! ▼
ぼうけんのしょは あとかたもなくもえつきた! ▼
勇者「……何も起こらないな」
賢者「はい。これでループ問題が解決したかどうかは分かりませんが」
僧侶「みなさん出来ましたっ」
勇者「おおっ早いな」
戦士「魚! 焼いた! みんなで食う!」
賢者「先ほど島の周りを軽く調べてみましたが、この気候が続けばしばらくは生活に困らないですね」
僧侶「じゃあこれから皆さんは、そっそのっ……家族ですねっ」
勇者「家族……そういえば賢者も僧侶も孤児だったな」
僧侶「はいっ、だから私、嬉しくてっ」 賢者「家族。遠い言葉です」
戦士「家族!? はっ、俺は今まで一体何を! かあちゃん……」
勇者(……ここで生活していくのに先行きの不安もなさそうだ)
勇者(……本当にこれで終わりなのか……?)
――
【王の間】
王「ふむ……勇者一行はいまだ帰らぬか……」
兵士「予定の式典はいかがしましょう?」
王「いたしかたない、敢行せよ。後日勇者が報告に参じた暁に、改めて式を執り行えばよい」
兵士「はっ! では……」
王「うむ。皆のもの!」
王「この度は勇者の活躍によりついに魔王は打ち倒され、害悪な魔物なき平和な世が訪れた!」
王「もはや魔王の歴史は終わった! 人の子の勝利に祝福せよ! 勇者を称えよ!」
王「そうじゃ、この大役を果たした勇者を称えよ! そしてその記憶を末代まで刻み続けるがよい!」
ワー ワー ワー 勇者バンザーイ ワー ワー ワー
そして でんせつが はじまった!
・
・
・
THE END
王「よくぞ もどった!」
王「ではゆくがよい! ゆうしゃよ!」
勇者「……。……みんな……」
勇者(……直接王様との関わりがなくても、強制的に巻き戻されるのか。結局一日ももたなかった……)
戦士「前から思ってたけど、わざわざ王様の前で冒険の書に記録するのになんの意味があんのかねー」
戦士「だってそうだろ? そんなもん俺らで勝手に書けばいいじゃん」
勇者「それでは意味がないんだ」 戦士「ああ?」
勇者「役目を与えられた者が記録しなければ、冒険の書は機能しない」
僧侶「えっ? 勇者様?」
賢者「……王様が、何者かに役目を与えられているというのですか」
勇者「ああ。そしてオレ達にも役目が与えられている。それを果たしてしまうと、どうあがいても物語は終わってしまう」
戦士「おい勇者! もっと分かりやすく教えてくれ10文字くらいで!」
勇者「まずはやどにむかおう」 戦士「お前そりゃぴったり10文字だけども!」
勇者(燃やしたはずの冒険の書が手元にある。過去の冒険の書なんだから、考えてみれば当然か)
勇者(さて、そろそろ打つ手に窮してきたな……)